【社会】「報道の自由度」世界66位の日本に欠けているもの…ニュースの現場が「上からの圧」に屈するメカニズム

【社会】「報道の自由度」世界66位の日本に欠けているもの…ニュースの現場が「上からの圧」に屈するメカニズム

報道の自由が66位という信じがたい現実を前に、私たち一人ひとりが声をあげることの重要性を感じています。メディアが公正で独立した立場を保てるよう、制度的な改革が求められています。

国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が2025年5月2日に発表した「報道の自由度ランキング」で日本は前年より4つ順位が上がったものの66位。アメリカのシンクタンクでジャーナリズムを研究した柴山哲也さんは「日本で報道の自由を妨げているのは、寡占的な広告会社だという研究がある」という――。

※本稿は柴山哲也『なぜ日本のメディアはジャニーズ問題を報じられなかったのか』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

■「国境なき記者団」が指摘した「新しいタイプの危機」

今、世界の民主主義国に蔓延し始めている「新しいタイプの自由の危機」と全体主義への警告が、国境なき記者団によって表明されていることを書いておきたい。

日本も含め先進諸国では既成メディアの信頼度が下がり、「フォックス・モデル」と言われる新興の右傾メディアの台頭やSNSとリンクした新しいタイプのメディアが大きな影響力を振るうようになったという点だ。

第一次トランプ政権時代のアメリカでは、ニューヨークタイムズCNNテレビなどの影響力ある既成の主要メディアのニュースに対して、トランプ氏が「彼らの報道はフイクニュースだ」と攻撃を仕掛けてきた。アメリカではファクトチェックが重視されるようになり、「フェイク」をめぐって政府とメディア間でバトルが繰り返された挙句、既成メディアはおおむね「反トランプ」とみなされるようになった。

■SNSが増幅している「右傾化メディア」の広がり

一方、国境なき記者団によって、報道の自由の阻害要因と指摘された「フォックス・テレビ(FOX)」は、世界のメディア王と言われるルパート・マードック氏がオーナーだ。トランプ氏の攻撃に対する既成メディアの混乱に乗じて、新興のフォックス・メディアが親トランプの立場に立ち、共和党支持の保守系世論を味方につけ、ツイッターやSNSの言論戦に参加してきた。

SNS上には真偽不明な情報が混在しており、政治的、イデオロギー的な対立だけでなく、報道が伝える「事実(ファクト)」に対する懐疑や不信感がアメリカ社会に増大し、アメリカ世論の二極分化が促進された(第二次トランプ政権はこうした米国の世論の分裂と混乱の中で生まれた)。

フォックス・モデル現象とは、新時代に現れた右傾化メディアの普及という意味だが、これがSNSメディアによって増幅され、フェイクニュースを含む情報回路の広がりの結果として、世論の分裂が一層加速したというわけだ。

確かにトランプ氏のツイッター投稿はアメリカの右派勢力へと直接届き、2021年1月6日の米国議事堂襲撃事件の右派勢力の動向に影響したと伝えられている。司法当局もこれを問題視した。しかし、トランプ氏のツイッターアカウント凍結事件後、ツイッター社を買収してXと名を変えた大富豪イーロン・マスク氏はトランプ氏のアカウント凍結を解除し、大統領選ではトランプ氏を支持、2024年11月大統領選挙でトランプ氏は民主党ハリス大統領に圧勝した。マスク氏の勝利への貢献度は高かった。

■アメリカの主流メディアはハリス候補を支持していたが…

選挙期間中、伝統ある主流メディアはおおむねハリス氏を支持し、トランプ氏に批判的報道をしていたが、ふたを開けてみればトランプ圧勝という結果だった。圧勝の最大の要因は、自動車産業の労働者や郊外の中産階級の人々が住むペンシルバニア州などブルーウォール(青の壁)と言われる民主党の牙城をトランプ氏が奪ったからだとの分析がなされている。

妊娠中絶問題で女性票にアピールしていたハリス氏が敗れたのは、インフレによる経済悪化に苦しむ中間層やそれ以下の人々、特に男性票にアピールできなかったからだとされる。不法難民の強制送還を公約していたトランプ氏は白人主義者のように見えていたが、この大統領選挙では人種問題以上に経済悪化の側面が大きかったようだ。逆にトランプ陣営はXをはじめとするSNS、ユーチューブポッドキャストなどを有効活用し、民主党の地盤を奪っていった。2024年アメリカ大統領選挙の真の敗北者は、エスタブリッシュメント(支配階級)と化した既成メディア、オールドメディアではなかったか。

2020年の第一次トランプ政権誕生の前後からこうしたメディア状況が生まれ、アメリカのメディアと世論の分断現象はさらに顕著になった。ギャラップ社とナイト財団の「信頼、メディア、民主主義に関する調査」(2017年)によると、「アメリカ人はニュースメディアが米国の民主主義において果たすべき重要な役割を担っていると信じているが、その役割をうまく果たしていない。メディアに対するアメリカ人の主な懸念の一つは偏見であり、アメリカ人は1世代前よりも今日のニュースに偏見を感じる可能性がはるかに高い」と指摘している。

■日本のジャーナリズムは報道としての独立性を保てるか

いま欧米で問題化している「メディアのフォックス化」は、経営不振が指摘される日本のメディア界とも無縁ではないだろう。経営的な理由から、ジャーナリズムの質を維持できなくなり、大衆迎合のメディアに変質したり、政権与党や経済界と親密な関係を構築して、利潤拡大に動くメディアが出てきても不思議ではない。メディアはファクト追求や監視機能を放棄して、政権や政党、行政や経済界のプロパガンダ機関として働くことにもなりかねない。

大新聞と政治政党が手を結んで提携した事例が、日本の地方でも実際に起こっている。大阪では読売新聞大阪府吉村洋文知事は大阪維新の会代表を務める)は8分野のパートナーとして包括連携協定を結んでいる。

■「編集と経営の分離」ができない日本のメディアの危うさ

日本のメディア会社は、欧米のように経営と編集の分離、編集独立の仕組みが制度的に確立しておらず、経営側が編集に介入する余地は排除できない。実際、新聞の片隅に掲載される「首相動静」などの記事には、首相とメディア会社の社長や幹部が会食する記事がよく出ている。しかし会食時にどんな内容の話題が交わされたかという記事は見たことがない。こうした日本のメディア組織内部の不透明性が、報道の自由の順位を他の先進国と比べ、大きく押し下げている原因でもあるだろう。

アメリカではデジタル化に成功した「ニューヨークタイムズ」や「ウォール・ストリート・ジャーナル」などの主要新聞は部数を倍増させ、経営環境は好転していると言われる。それによって報道部門の一層の強化が期待でき、市場競争力も生まれている。反面、デジタル化の功罪が「フォックス・ニュース化」という負の側面を生み出していることも先述した。

しかし、日本の主要メディアはデジタル化の流れにも大きく遅れている。日本語発信しかできない言語障壁はあるが、そもそも日本発のニュースや情報そのものに価値がないからだろう。権力監視の役割を果たしているはずのジャーナリストに対する「見えない政治圧力」が加えられたり、取材した事実をそのまま書くことを躊躇せざるを得ない「忖度」が横行しているのでは、読者の知る権利に応えられる記事やニュース番組を提供できるわけがない

さらに日本の報道の自由度ランキングが70位前後の低位に甘んじている理由として、「(ジャーナリストの仕事は)自己検閲を促す大規模な産業グループによる支配の高まりの中で犠牲になっている」とする「国境なき記者団」の分析がある。抽象的な言い方ではあるが、これを読んだ私は、日本のメディア産業における「支配的で大規模な産業グループ」とは巨大広告会社を指していると考えた。

■「広告会社が日本のメディアの自由化を妨げている」という論文

近年、電通など巨大広告会社のメディア支配の弊害が問題化しているが、寡占的な広告会社が日本のメディア産業の自由化を妨げている点を指摘した、マサチューセッツ工科大学のエレノアウエストニー教授の論文を、研究留学中のハワイの米国立シンクタンクEWC(東西センター)で25年ほど前に読んだことがある。

バブル経済時代の日本はアメリカをもしのぐ経済大国と言われたが、ウエストニー教授は、日本のメディア産業がGDP比率に占める総売り上げの低さに目をつけていた。その原因は、電通と博報堂という二大広告産業の寡占の影響で、他の弱小広告会社の台頭を抑えていたということなのだ。

当時のアメリカの広告産業の総売り上げはGDPの約2〜3%だったが、日本は1%に満たず、国際比較では世界32位で、低開発国のチリやボリビアと同レベルと、教授は指摘していた。日本のバブル経済時代には、アメリカの著名な経済誌の世界巨大企業ランキング100位までを、日本の大銀行などの一流企業が独占していたから、経済大国日本がアメリカを上回る広告産業の数字があってもおかしくはない時代だったのだ。

■「報道の自由度」世界66位、日本のメディアに欠けているのは?

日本の鎖国を破ったペリー来航は強力な外圧となり、日本は変わらざるを得なかった。太平洋戦争敗戦の衝撃も強力な外圧だったので、日本は変わることを余儀なくされた。

しかし戦後の日本人の多くは聞きたくない海外からの情報や外圧に耳を閉ざしてきたのではないか。不都合ではない美味しい情報だけをよりわけ、取捨選択して取り入れてきたのではないか。国境なき記者団の報道の自由度ランキング70位(2025年発表で66位)の情報は日本人には耳が痛いだろう。

しかしバブル経済崩壊後の日本は、「失われた10年」あるいは「失われた30年」といわれた長期の経済的停滞に見舞われ、そこからの脱出方法を未だに見出せていない。

しばしば「ガラパゴス化」を指摘され、旧態依然のシステムを温存させてきた日本の停滞の真因は、変化を嫌い、自ら変わることができなかったことにあるはずだ。国境なき記者団が公表した日本の報道の自由に対する衝撃のデータは、我々にそのことを教える。

海外のベテランのジャーナリストに言わせれば、「メディアは権力の暗部をつつくのが仕事」だから、政府や権力と仲良くなどしてはいられない。どの国の政府もメディアには圧力をかけるものだと彼らは思っている。言論の自由が憲法で保障されているのに、日本メディアは「上からの圧力への抵抗力が弱すぎる」、「大人しすぎる」と見られているのだ。

日本のメインストリームのメディアは、政権と仲良しの幹部が現場の記者へ圧力をかけ、現場が自己規制して忖度する萎縮を繰り返してきたのではなかろうか。

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柴山 哲也(しばやま・てつや)
ジャーナリスト
1970年同志社大学大学院新聞学科を中退し朝日新聞社入社。大阪本社、東京本社学芸部、「朝日ジャーナル」編集部、戦後50年企画本部などに所属。退社後、ハワイ大学客員研究員、米国立シンクタンクイーストウエスト・センター客員フェロー、国際日本文化研究センター客員教員、京都大学大学院非常勤講師、京都女子大学教授、立命館大学客員教授などを歴任。著書に『日本型メディアシステムの興亡』『いま、解読する戦後ジャーナリズム秘史』(以上、ミネルヴァ書房)、『ヘミングウェイはなぜ死んだか』(集英社文庫)、『新京都学派』『真珠湾の真実』(以上、平凡社新書)など。

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※赤字の国名はG7。出典=国境なき記者団

(出典 news.nicovideo.jp)

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