【社会】こんなパワハラが実際に行われていたとは…郵便局が年賀はがき販売ノルマ未達の局員に与えていた”罰ゲーム”
【社会】こんなパワハラが実際に行われていたとは…郵便局が年賀はがき販売ノルマ未達の局員に与えていた”罰ゲーム”
※本稿は、宮崎拓朗『ブラック郵便局』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■「自爆営業をしましたか」の問いに、ほぼ全員が「はい」
私が最初に書いた郵便局の記事で取り上げたのが、暑中見舞い用のはがき「かもめ~る」の販売ノルマの問題だった。
この記事を出すと、全国の局員から、かもめ~るや年賀はがきのノルマに関する情報が次々に寄せられた。
「ホンマにせいへんつもり?」
大阪府堺市やその周辺地域の各郵便局には、かもめ~る販売について、郵便担当の幹部社員からこんな題名のメールが送られていた。メール本文には「指標(註・販売目標の意)をやれへん? できない局は、理由を返信メールください! 返信の無い局は達成できると解釈しますので! ええ加減な取組シートを送ってきている局もキッチリと対応を考えさせていただきますので」と強い表現でノルマ達成を求めていた。
千葉県の郵便局でも「売るぞ! 早期達成だ! かもめ~る 『売れません』は言いません。死ぬ気で売るぞ、死なないから。みんなで早期達成! かもめ~る」などと書かれた文書が配られていた。
労働組合がこの局の局員たちを対象に実施したアンケートでは、「あなたは自爆営業をしましたか」という問いに、回答者約50人のほぼ全員が「はい」と回答。「ゆうパック商品20個8万円、かもめ~る5千円」などと自腹で購入した具体的な金額が書かれ、自由記述欄には「日々のプレッシャーで自爆してしまった。精神的にまいってしまう」「毎日毎日、目標達成のことを言われ、早く楽になりたいと思い自分で買った」などと記載されている。
■毎年100万円近くの自腹購入
夫が郵便局で期間雇用社員として働いている女性は、取材にこう訴えた。
「私の主人は、郵便局の上司から『正社員になりたかったら営業成績がものをいう』と言われています。年賀はがきだけでなく、お歳暮などのカタログ商品もです。期間雇用社員の弱みにつけ込むようなノルマの強要には納得できません。正社員になっても毎年100万円近くを自腹購入に当て続けなければなりません。子育てにもお金がいりますし、そんな余裕はないです。何とかならないのでしょうか」
ノルマが達成できなければ、見せしめのような仕事をさせられるとの声も寄せられた。
年賀はがきの販売では、大型商業施設の一画などを借りて、局員が通りがかりの人たちに「年賀はがきは必要ありませんか」と声を掛ける「臨時出張所」という営業の場がある。ノルマ未達の局員には「臨時出張所に行け」という指示があり、場合によっては年末年始返上で臨時出張所での声かけをしなければならないという。
臨時出張所を開設するには、場所を借りる費用や休日出勤の人件費もかかり、費用対効果でみるとマイナスになることも多い。九州の局員は「臨時出張所で収益が上がるとは誰も思っていない。単なる罰ゲームです」。東京の局員は「臨時出張所に毎日参加させられた新人が、年が明けてすぐに退職してしまった」と話した。
■サングラスやマスクで変装
自腹で購入された年賀はがきの多くは、局員が金券ショップに持ち込んでいた。日本郵便は、年賀はがきが金券ショップに出回れば安価に転売され、はがきの市場価値が下がってしまうことなどから、換金行為を社内規定で禁止している。それでも横行していたのは、当然ながら、局員が金銭的な負担を少しでも減らしたいと考えるからだ。
金券ショップの買い取り価格は、未開封で、発売から間もないほど高くなる。中堅のある男性局員は、多い年には1枚63円の年賀はがき約1万枚を自腹で購入。これを販売開始と同時に高値で買い取ってくれる金券ショップに持ち込んでいた。
ショップの店内では、必ず数人の「先客」と出くわした。彼らはサングラスやマスクで顔を隠し、手にしているのは、自分と同じ年賀はがき入りの未開封の箱。みんな郵便局員だった。店内には、持ち込まれた年賀はがきが大量に並んでいる。
男性は「こんなことはやりたくない。でも、1万枚を自腹購入して換金しなければ、60万円以上もドブに捨てることになる」と話した。男性の手取りの年収は約400万円。金券ショップに持ち込むことで、実質的な出費は5万円ほどに抑えられるそうだ。
関東に住む男性は「毎年、九州の郵便局で働く妹から『地元の金券屋で売ると足がつくので、そっちで換金してほしい』と頼まれ、年賀はがき入りの箱が送られてくる」と明かした。
■コンビニとの“密約”
「自爆営業」以外にも、ノルマをこなす手法がある。
複数の小規模郵便局の局長が明かしたのは、コンビニとの「バーター取引」だ。年賀はがきの販売を委託しているエリア内のコンビニに対し、必要以上に大量の枚数を買い取ってもらうのだ。
コンビニ側は、売れ残ったはがきは切手などと等価で交換できるため、腹は痛まない。一方の局長側は、コンビニに引き取ってもらった枚数を販売実績にカウントできるものの、“無傷”とはいかない。
コンビニの店長から「年賀はがきを引き受けたんだから、こっちにも協力してほしい」と言われ、コンビニが販売に力を入れるクリスマスケーキや恵方巻きなどの購入を求められるからだ。
北陸地方の局長は「クリスマスケーキは、部下の局員たちに1個ずつ協力してもらい、自分は一人で5個ほど買います。毎日ケーキばかり食べてうんざりする。自爆営業した方が楽だと思う時もあります」と話した。
■大量の紙資源が無駄に
「年賀はがきは郵便局が独占して販売する商品なのに、なぜ過剰なノルマを課され、自爆営業したり他の局と顧客を奪い合ったりしないといけないのか」
「年が明けると、局の窓口には、金券ショップの店員などが売れ残った大量のはがきを切手と交換しにくる。対応するのに膨大な事務作業の手間がかかるし、大量の紙資源が無駄になっている」
多くの郵便局員が、こうしたまっとうな思いを抱きながらも、年賀はがきの自爆営業は、長年の慣習として続いていた。2013年12月には、当時の日本郵政の西室泰三社長が記者会見で「自爆営業は、あってはいけない。(略)ノルマをあてがって、達成できなければペナルティーを科すということは一切やっていません。今年は、それをはっきりと確認しております」と述べているが、その後も実態は変わらなかった。
かもめ~るの自腹購入についての報道が影響したのか定かではないが、記事を掲載して間もなく、九州の郵便局員から「大きな動きがありました」と情報提供があった。日本郵便が各郵便局に、19年用年賀はがきについては販売目標を設定しないとの通達を出したという。ノルマの廃止だ。
■販売したのに配達されない年賀はがき
この通達では「依然として実需のない買い取り等、不適正な販売が根絶できていない状況にあり、実需とかい離した年賀指標(註・販売目標の意)が課題になっている」と記載し、添付された「社長メッセージ」には、過剰なノルマの達成を求める行為は「社員を大事にする会社としてあってはならない」と書かれていた。
現場には「ノルマ廃止は表向きで、何も変わらないのではないか」という不信感があったが、今回の通達はかなりの効果があったようだ。
それを示す内部資料がある。2019年用までの5年間に、販売されたにもかかわらず配達されなかった年賀はがきの枚数が記されており、その数は15年用5.5億枚、16年用5.6億枚、17年用5.8億枚、18年用5.6億枚と、毎年5.5億枚以上で推移していた。だが、ノルマが廃止された19年用は4.2億枚で、例年より1億枚以上減少したのだ。
「販売したのに配達されない」年賀はがきは、金券ショップやコンビニで売れ残ったものが多くを占めるとみられる。ノルマが廃止されたことで、局員が自腹購入して金券ショップに持ち込んだり、コンビニに必要以上に引き取ってもらったりする行為が大幅に減ったのだろう。
日本郵便は取材に対し「年賀はがきの販売枚数については公表しておらず、具体的な枚数に関するお答えは控えさせていただく」と回答している。
ある局員は「今までに、年賀はがきの自爆営業で総額100万円ぐらいは身銭を切ってきた。ノルマがなくなって上司から厳しく言われなくなり、やっと解放された」と話した。
同社は、暑中見舞い用はがきの「かもめ~る」についても19年用からノルマを取りやめ、21年3月には、利用者数の低迷を受けて商品の廃止を発表している。
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西日本新聞社北九州本社編集部デスク
1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。
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