【国際】「プーチン支持率8割」にはカラクリがある…戦場に行きたくないロシア人がプーチンを支持する本当の理由
【国際】「プーチン支持率8割」にはカラクリがある…戦場に行きたくないロシア人がプーチンを支持する本当の理由
※本稿は、駒木明義『ロシアから見える世界』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■“軍事侵攻”でプーチン氏の支持率が跳ね上がった
ロシアが2022年2月24日にウクライナへの全面的な軍事侵攻を開始した直後、ロシアでプーチン大統領への支持率が跳ね上がった。その後、ロシア軍は当初想定されたような成果を挙げられていないが、プーチン氏の支持率は高いまま推移している。まずはこの点を、ロシアの独立系世論調査レバダセンターのデータで見ていこう。
ちなみにレバダセンターはロシア政府から「外国の代理人」に指定されている。政府におもねらない調査活動が疎んじられたためと見られる。
レバダセンターは、「ウクライナで」のロシア語表記についても、ロシア政府や国営メディアが用いる「наУкраине」ではなく、ウクライナ系や独立系のメディアが使う「вУкраине」を採用している(前者には、ウクライナを国ではなく一地方とみなすニュアンスがある)。この点にも、政府の見解とは一線を画する姿勢が表れている。
さてレバダセンターの調査によるプーチン氏の支持率は、プーチン氏が4期目の任期をスタートさせた18年以降、概ね60%代半ばから70%程度で推移していた。それが侵攻開始後の3月の調査では83%に跳ね上がった。
これと同じような急上昇は、14年3月にロシアがウクライナのクリミア半島の併合を一方的に宣言した際にもみられた。その後18年に急落した原因は、年金支給年齢の引き上げだった。開戦でそのマイナスを一気に挽回したといえる。
■「団結意識」と「異を唱えにくい雰囲気」
もちろん、8割超という支持率を、額面通りに受け取ることはできない。私の目を引いたのは、プーチン氏と時を同じくして、首相、政府、下院、そしてウクライナ侵攻とは直接関係ない、地方自治体首長の支持率も、跳ね上がっている点だ。
これには理由がいくつか考えられる。隣国との軍事紛争という緊急時にあって、大統領を中心に国民は団結しなければならないという意識の高まりもあるだろう。いわゆる旗下結集効果だ。
さらに、社会を覆う緊張感が、「お上」に異を唱えにくい雰囲気を作っている面もあるだろう。私自身、モスクワ特派員をしていた当時、自分の携帯に世論調査の電話がかかってきたことがあった。「私は日本人ですから」と言って断ったのだが、このとき「この電話にプーチンを支持しないと答えるのは勇気がいるな」と感じたものだ。
相手はこちらの電話番号を知っている。回答を個人と結びつけて記録されているかもしれない。「支持します」と答えておけば、何の心配もなく、平穏な日常が続くのだ。反戦デモが容赦なく弾圧されるようになった開戦以降の国内情勢を考えれば、無難な回答が増えるのもうなずける。
14年のクリミア占領の際、当時モスクワにいた私の肌感覚としては、ほぼ全国民が大歓迎しているような印象を受けた。国営テレビの職員が生放送に乱入して反対したり、経済人から懸念の声があがったりするような22年以降の状況とは明らかに異なる。もしも北方領土が返還されたら、日本人もこんな風に歓迎するのかもしれない、と感じたものだ。
■プーチン大統領の“続投を望む”のは「72%」
一方、私が知る範囲では、ロシア人は22年に始まった侵攻を大歓迎というよりは「やむを得ない選択だった」という受け止め方が多い印象だ。
しかし、一人ひとりが心の奥深くでどう考えていようと、現実社会に影響を及ぼすのは、結局のところ、公の場での意見表明や投票行動といった具体的な言動だ。その意味で、大多数の人々がプーチン氏とウクライナ侵攻に対する支持を表明しているという事実から目をそらすことはできない。
もう一つ、プーチン氏を巡って気になる調査結果を紹介しよう。プーチン氏が大統領の任期切れを迎える24年以降の続投を望むか、という質問に対して、侵攻開始後の22年5月の調査では、72%もの人々が「望む」と回答したのだ。ロシアでは20年に、24年以降の大統領続投を可能とする憲法改正が行われた。その翌年の9月に行われた調査では「望む」と答えたのは47%に過ぎなかった。
憲法改正前を含めても、レバダセンターがこの調査を始めた12年以降、クリミア併合後の最も支持率が高かった時期を含めて、最も続投待望論が高まっているという結果となった。
■「独立系メディア」の信頼度が極めて低い
なぜこうした世論が形成されているのだろうか。ロシアのメディア状況と無縁ではないだろう。この点で、レバダセンターが22年6月に行った調査が興味深い。
ウクライナ侵攻が始まって以降、ロシアと世界で起きているできごとについての最も信頼している情報源を聞いた調査(複数回答可)では、結果は以下のようなものだった。
一方で、私たち日本の報道機関がしばしば「独立系」として引用する『メドゥーザ』や『ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ』などのニュースソースの信頼度は極めて低い。
なお、18〜24歳の若年層に限ると、最も信頼するメディアの首位はSNS(42%)で、2位の国営テレビ(20%)を引き離している。ただ、独立系メディアへの信頼度が低い点では、年長世代と変わらない。
もちろん、多くの人が国営メディアの報道を何からなにまで信じているわけではない。「完全に信じている」は31%。「部分的に信じている」が54%、「まったく信じていない」が11%という結果だ。
特に疑わしい目を向けられているのは、ロシア軍の死者数や負傷者数についての発表や、ロシア軍の残虐行為などが報じられない状況だ。
■「軍事作戦」への支持率は高い水準のまま
とはいえ、プーチン氏や国営メディアが繰り返し強調している今回の「軍事作戦」をめぐる大きな構図自体は、ロシアの社会に受け入れられていると言ってよい。
レバダセンターのヴォルコフ所長によると、「ウクライナに住むロシア語話者がウクライナの政権から迫害されている」とか「危機を起こしたのは米国やNATOであり、ロシアは防御的な対応を迫られたに過ぎない」といった政権の説明は、ロシア国内で広く信じられている。
そして侵攻開始後、国営メディアへの信頼度は、むしろ高まる傾向にあるのだという。24年3月にモスクワ郊外のコンサートホールで起きたテロ事件をめぐって、背後にウクライナがいるという政権の主張を受け入れる人が多いことは本書の第1章で見た通りだ。
こうした状況は、「軍事作戦」そのものへの支持率にも表れている。開戦から2年を経た24年3月の調査では、軍事作戦を「完全に支持する」または「どちらかといえば支持する」人は計76%で、22年3月の80%とほぼ変わらない水準を維持している。
もうひとつ興味深いのは、レバダセンターがウクライナ南部のヘルソン州とザポリージャ州について22年8月に行った調査だ。両州は、侵攻開始後わずかな期間に多くの領域をロシア軍に占領された。ロシア側は被占領地の住民にロシア国籍を付与したり、学校でロシア式の教育を進めたりといった「ロシア化」政策を進めている。
■無自覚なウクライナへの“上から目線”
さらに22年9月、ロシアはこの両州のロシアへの併合を一方的に宣言してしまう。その1カ月前に行われた調査では、ヘルソン州とザポリージャ州の将来像について質問していた。その結果は以下のようなものだった。
独立国家となるべきだ21%
これに対して、ウクライナの一部にとどまるべきだと答えたのは、わずか14%にとどまった。プーチン氏はかねて、ウクライナは人工的な国家であるとか、ロシアと共にあるからこそ主権を行使できるといった見解を繰り返してきた。前記の調査結果からは、ウクライナを一人前の国家とみなさない考えが、ロシア国民の間で広く共有されている実態が見て取れる。
実際、私がロシア人と話をするとき、ごく自然にウクライナやウクライナ人を見下す発言を聞かされて、居心地が悪い思いをすることが多くあった。
「彼らは一度も自分たちの国を持ったことがないんです」
「私はウクライナに親戚もいるし、彼らのことをよく分かっています。まともに国を運営できるような人たちじゃないんです」
こうした言葉を聞くたびに、私は、一部の日本人がごく自然にアジアの近隣国に対して上から目線で語る場面を思い出さずにはいられなかった。長くロシアに住む日本人から、多くのロシア人と同じような無自覚なウクライナに対する上から目線、あるいは直接的な差別発言を聞くこともあった。ロシア社会に溶け込むうちに、名誉白人ならぬ名誉ロシア人のような感覚を持つに至ったのかもしれない。
■プーチン氏自身も“物語に取り憑かれている”
長年ウクライナを軽く見てきたロシア人や、そうした感覚を共有してきた人々にとって、ウクライナ人が団結して侵略に抵抗し、ロシアが苦戦を強いられているという現実は、正面から直視したくないのだろう。
そうした人々にとっては、ウクライナは欧米にたぶらかされてロシアと戦わされている、助けがなければロシアにすがってくるはずだ、という物語の方がずっと受け入れやすいのだ。
誰よりもプーチン氏自身が、そうした物語に取り憑かれているようにも見える。前述したように、若年層は国営テレビよりもインターネットを主要な情報源としている。ウクライナでの軍事行動を支持する割合も、24年3月の調査では、65歳以上が86%に達するのに比べて、18〜24歳の層では58%にとどまる。
ヘルソン州やザポリージャ州がロシアの一部になるべきだと考える割合も、開戦後のロシアで導入された言論統制法制への支持も、若いほど低い傾向ははっきりしている。
しかし、注意しなければならないのは、高年者よりも割合は少ないとはいえ、若い層も大多数がプーチン政権を支持し、政府の主張に賛同しているということだ。
あるロシアの専門家は、多くの若者にとって、今のロシア社会での成功とは公務員になったり、国営企業に就職したりすることだと指摘する。今のような言論状況では、上が変わらなければ世論も変わらない。もしもロシア世論が大きく変化するとすれば、指導者が交代して欧米との和解を模索する時なのかもしれない。
■「強制動員令」にロシア世論が大きく動揺した
ウクライナ侵略開始後、一貫してプーチン氏を支持してきたロシアの世論が目に見えて大きく動揺したことが1度だけある。2022年9月21日にプーチン氏が出した30万人の強制動員令だ。
強制動員が引き起こした騒動を見て私が思い出したのは、今から80年近くも前のできごとだった。国民的漫画『サザエさん』を生んだ長谷川町子さんの姉、毬子(まりこ)さんは、婚約者に召集令状が届いたため、急遽(きゅうきょ)結婚式を挙げた。わずか1週間の新婚生活の後、戦地に向かった夫はインパール作戦に駆り出され、帰らぬ人となった。
戦時中の日本と同じようなことが、現代のロシアで起きたのだった。ウクライナの戦場への動員が決まった男性たちが出発前に正式な結婚をしようと、将来を誓った相手と共に、続々と結婚登録所を訪れた。
ソ連、ロシアの歴史を通じ、国民を強制的に戦場に送り出す動員が発動されるのは、第2次世界大戦後はじめてだ。これは、市民社会に大きな動揺を広げた。
プーチン氏は、動員の対象となるのは「軍務経験のある予備役」であり、「特別な技能や経験を持つ者が優先される」と述べた。ショイグ国防相は、動員されるのは30万人であり、対象となる可能性がある2500万人のうちの1%強にすぎないと強調した。
■「父子家庭の父親」や「道を歩いていた人」にも招集令状が届いた
しかし、こうした発言が噓っぱちであることがすぐに明らかになった。
その日を境に起きたことは、無差別な招集だった。高齢者、軍務経験のないもの、持病持ち、父子家庭の父親といった、本来招集から除外されるはずの男たちにも令状が届いた。果ては道を歩いていただけで招集令状を手渡されたといった混乱がロシア各地に広がった。
大統領や国防相は嘘をつくつもりではなかったのかもしれない。適格性を欠く者をいくらかき集めたところで、戦力にはならないのだから。なぜ、こうした混乱が起きたのか。それは、今のロシアの行政組織には、条件に合致する人材を集めるという基本的作業を行う能力が欠如しているからだ。
招集の人数や対象者の条件を決めるのは国防省だが、人を集める実務を担うのは日本の都道府県に相当する連邦構成主体の首長たちだ。だが、彼らの手元には、大統領がいう「特別な技能や経験がある者」のリストなど存在しない。モスクワからは連邦構成主体ごとに招集人数と期限だけが示されたようだ。
首長たちにとって、モスクワからの指示は絶対だ。彼らは形の上では住民(一部は議会)の選挙で選ばれるが、誰を与党の候補者にするかは、大統領府が決める。プーチン氏のめがねにかなわなければ、任期途中でも容赦なく交代させられる。逆に、高い評価を受ければ、中央での昇進の可能性も開ける。
■“社会の雰囲気”が一変し、支持率が下落に転じた
平時の首長たちが気にしているのは、選挙の成績だ。特に、大統領選での投票率とプーチン氏の得票率を上げることに躍起になっている。有権者よりもモスクワの顔色をうかがうことが習い性となっている首長たちが動員の割り当てを受けたのだから、頭の中は人数を揃えることで一杯になったのだろう。
早期にノルマを実現する現実的な手法は、割り当てよりもずっと多い招集令状をばらまくしかない。これが大混乱の原因となった。
社会の雰囲気は一変した。それは、プーチン大統領が気にかける支持率にも表れている。レバダセンターが動員決定直後に行った世論調査では、プーチン氏の支持率は77%。ウクライナ侵攻開始後一貫して8割を超えていた支持率が、はじめて下落に転じた。
一見、77%は非常に高い数字に映る。しかし、ロシアのような強権的な国家、しかも戦時という社会の緊張が高まっているときに、「大統領を支持する」という模範解答を拒む人たちが増えたという事実は、重い意味を持つ。
さらに、「模範解答」が存在しない質問は、社会の雰囲気の変化をよりくっきりと浮き彫りにした。「いずれ総動員が発令されると思うか」という問いに「必ずそうなる」「おそらくそうなる」と答えた人は、66%にのぼった。これは、侵攻開始直後の2月の調査の28%の倍以上の数字だ。
部分動員令発令後、多くの男性がロシア国外に逃れようと、空港や国境に殺到した。でたらめな動員でいつ自分が招集されるか分からないという恐怖ももちろんある。だが、近い将来総動員が導入されれば国境が事実上閉鎖され、国外に出られなくなるという危機感も大きかっただろう。
■“自分”に危機が迫らないと、反戦機運にはつながらない
「最近の気分」を尋ねる調査の結果にも、大きな変化が起きた。それまで7〜8割を維持していた「良い気分」や「普通の気分」と答えた人の割合が、突然52%まで落ち込んだ。
反対に「緊張」「恐怖」「憂鬱(ゆううつ)」といったネガティブな感情を抱く人が、それまでの2〜3割から47%へと急増した。調査結果は、22年9月から年末にかけて社会が暗い気持ちに包まれたことをはっきりと示している。
一方で私が驚き、同時にがっかりしたのは、22年2月の開戦時には、ロシアでネガティブな感情を抱く人がほとんど増えなかったという現実だ。
あの時私は、自分の体の一部が失われるような沈痛な感覚に襲われた。なのに、そうした気持ちはロシアの人たちにほとんど共有されていなかったとは……。正直言って、もっとロシアにいる人々に動揺して欲しかったと思う。
部分動員令が引き起こした社会の混乱に懲りたプーチン政権は、その後「これ以上は動員の必要はない」と繰り返して火消しに走った。その効果もあって、良い気分や普通の気分を感じている人の割合は急速に回復した。
その後も戦争は続き、ウクライナの人たちだけでなく、ロシアの若者たちも毎日命を落としている。しかし残念なことに、自分や近しい人たちに危機が迫らなければ、あまり気にしないということを、世論の動きは示している。
プーチン氏が再び大規模な強制動員にでも踏み出さない限り、ロシア社会で反戦の機運が高まることには期待できないのかもしれない。
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朝日新聞論説委員
1966年東京都生まれ。90年に朝日新聞社入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などで勤務。94~95年モスクワに、2001~02年ボローニャに研修派遣。05~08年モスクワ支局員、13~17年モスクワ支局長。
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