【社会】増える「Fラン私立文系大学」は必要なのか…親に言われ大学入るもノースキルで卒業し”ホワイトカラーもどき”にしか就けぬ現実
【社会】増える「Fラン私立文系大学」は必要なのか…親に言われ大学入るもノースキルで卒業し”ホワイトカラーもどき”にしか就けぬ現実
「Fランク大学」とは、大手予備校の偏差値が35未満の大学、または「ボーダーフリー大学(BF大学)」と呼ばれる大学を指す。つまり、基本的に名前を書けば誰でも入れる大学のことだ
(中略)
少子化が進んでいるにもかかわらず、こうした大学は近年みるみる数を増やしている
(中略)
厚生労働省の「一般職業紹介状況」によると、製造や建設などの現場では人手不足が深刻化する一方、文系事務職(ホワイトカラー)は求職者が求人を17万人上回っている現状がある。ここ30年で高卒就職者は7割減ったのに対し、大卒就職者が4割近く増えたことが一因だ。
大学進学率が年々上昇し、「四大卒なんだから当然ホワイトカラーだよね」という共通認識のもとで個々人が就職先を選んだ結果、“人手過多”となる職種が生まれるミスマッチが起きつつあるのだ。
上述したように、本来必要である職種に必要な人員が配分されていない現状は大きな問題だろう。
「四大ブランド」に惹かれ、漫然とFラン大学に入学する人たちがそのまま過酷なノルマが課されるソルジャー営業職など「ホワイトカラーもどき」の職種に駒を進めている現状は、いかがなものか
(中略)
学生を見ていて思うのは、親から「大学を出てほしい」と言われて来ている人が多いということです。
「MARCH」とか「関関同立」レベルの大学に通う学生は、まだ積極的に大学に行きたいと思って入学しています。でも、それ未満の大学の学生は親に「大学ぐらい出てね」と言われたから入学したというレベルの人も多いのではないでしょうか
(中略)
「エッセンシャルワーカー」は人手が足りていないのに、Fランでも四大卒ということで「ホワイトカラーっぽい就職」を志望する人が過剰になっています。市場とミスマッチが起きている現状については、どのようにお考えですか。
【鈴木】神戸学院大の総合リハビリテーション学部はまさにエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちを輩出するんですけど、ド文系の学部よりも本当はそっちの定員を広げたほうがいいと思いますね
(中略)
都会のビルの中で働くことだけが仕事ではないと、ある種あきらめさせるのも大学教員の役割になっているように感じます。
いままでは高校の先生がそれをやっていたのですが、ここまで大学進学率の上昇に伴ってとにかく大学に押し込むことが高校の仕事になってしまいました。
ド文系で歴史とか哲学とかやりたい人は、いわゆる「偏差値が高い大学」で研究に取り組むのはいいと思います。でも、他の大多数の人は専門職大学のように、職に結びつく内容を学ばないと10年後、20年後、厳しい現実に直面するのではないでしょうか
(中略)
僕の地元の愛知県でも、例えば豊田高専なんかは、下手なその辺の大学卒よりいい会社に就職するんですよ。トヨタ自動車とかデンソーとか。
こうした実態も相まって、とりあえず猫も杓子も大学というのはちょっと違うんじゃないか、という流れもそろそろ出てくるのではないでしょうか
(中略)
冒頭にあげた「ホワイトカラーもどき」であるが、この層が近年激増しており、その結果、地方のエッセンシャルワーカーの働き手がいなくなってきているというのは序盤にデータで示した通りだ。
事務職大余り時代のいまでさえ、Fランク大学卒業者が職にありつくのは難しいことではない。
ただ、早期から専門領域を絞り、工業高校や専門学校へ進学した人と比較すると、その後の人生は芳しくないように見受けられる。
私の出身である愛知県豊田市では、公立の小中でそれなりの成績をとっていた人でも、積極的に豊田高専やトヨタ工業学園に進学していた。彼らは大学卒ではないが10代のうちから実践的な技能を身につけ、トヨタ自動車やデンソーといった一流企業に就職する人も少なくない。県内の私大文系に進学した他の同級生たちと比較しても、確実にいい暮らしをしている。
反対に、Fラン大卒「ホワイトカラーもどき」組の“予後”は厳しい。中学時代に後の専門職組と同程度の成績をとっていた人の中にも、Fラン大への進学者は少なくない。彼ら(特に文系)は4年間のモラトリアム期間を謳歌し、何のスキルも持たないまま地元の中小企業の営業職(ウォーターサーバー、不動産が多い。いずれも過酷なノルマを課される)に就くことになる。
いわゆる「ノースキル文系」である彼らの中には、パワハラやセクハラが横行する労働環境に晒され、数年単位での転職を繰り返す者も少なくない。こうした「ソルジャー営業」が肌に合っている人であればいいのだが、多くの場合は経済的にも技術職組に劣後している