【社会】 「消えたコメ」を探しても絶対に見つからない…「コメの値段は必ず下がる」と言い続けた農水省の”壮大なウソ”
【社会】 「消えたコメ」を探しても絶対に見つからない…「コメの値段は必ず下がる」と言い続けた農水省の”壮大なウソ”
■「米価を下げない」備蓄米放出のトリック
店頭からコメが消え米価が史上最高値に騰貴しても、農水省はコメ不足を認めない。「新米供給後には下る」と言った米価がさらに上がると、「農協の集荷量が低下して他の業者が貯めこみ、あるはずの21万トンが流通から消えたからだ」と主張している。
農水省がコメ不足を否定するのは、備蓄米を放出して米価を下げたくないからだ。総理サイドから要求されてようやく備蓄米を放出することにしたが、あくまでも「コメ不足を理由とするのではなく、流通段階で投機目的でため込んでいる業者がいるからだ」と主張している。
前回指摘したように、この備蓄米放出には「米価を下げない」ための2つのトリックがある。
一つは、市場での供給を増やして米価を下げるつもりなら、スーパーや小売店に近い卸売業者に放出すべきなのに、流通の上では卸売業者の1段階前の農協など集荷業者に販売することにしている点だ。農協は米価の低下を嫌がって備蓄米放出に反対している。農協が政府から買い入れた備蓄米を卸売業者に販売しても、その分以前から卸売業者に販売していたコメの販売量を控えれば、市場での供給量は増えない。具体的には、従来30万トン卸売業者に販売していた農協が、備蓄米21万トン、自己の在庫9万トンを卸売業者に販売すれば、放出効果はない。おそらく、農水省はこうした農協の行動を予期して集荷業者に放出することとしたのだ。
二つ目は、いったん売却したコメを1年以内に買い戻すことにしている点だ。農水省は、米価高騰で生産者は今年産の主食用のコメの作付けを増やすと予想している。仮に21万トン生産・供給が増えて米価が下がるはずだったとしても、21万トンを買い戻すことで市場から引き揚げてしまえば、米価は下がらない。10万トンしか生産が増えないときに21万トンを買い戻せば、市場での供給量が減って米価は逆に上がる。
つまり、農水省はしぶしぶ備蓄米放出に応じることとしたが、米価を下げるという備蓄米放出効果がないような条件を付けたのだ。
■農水省が卸売業者を悪者にするワケ
昨年の夏、スーパーの店頭からコメがなくなったときも、農水省は「コメは十分にある」と主張した。それ以降も、米価が史上最高値にまで高騰した現在でもこの姿勢を貫いている。今回の備蓄米放出も、コメが足りないから出すのではなく、卸売業者などの流通業者が投機目的でどこかに貯めこんで市場にコメが流通しないため、それを吐き出させるために行うのだ(抱え込んでいるコメを放出させる呼び水とする)と主張している。流通を円滑化することが目的だと言う。
昨年夏も、卸売業者の在庫が異常な水準にまで低下していたにもかかわらず、スーパーからコメが消えたのは卸売業者が在庫を抱えて売り渋っているせいだという根拠のない主張を行った。一貫して集荷業者の農協は善玉、卸売業者は悪玉という主張だ。
24年産米の生産は18万トン増加してコメは十分あるのに、農協の集荷量は21万トン減少した。21万トンは、投機目的で参入した業者などを含め流通業者が隠していると主張している。コメはあるのだが消えている。それは卸売業者などが投機目的で抱え込んでいるからだというのだ。
コメが足りないことを認めれば、上のような条件を付けないで備蓄米を放出せざるをえない。そうなると米価は下がる。農政トライアングルの仲間のJA農協、自民党農林族議員の反発を受けることを恐れているのだ。
■農水省が正しいならコメ価格は暴落する
しかし、そもそも、この算数はおかしくないだろうか?
18万トン増加しているのに21万トン減っているのであれば、隠している量は39万トンになるはずだ。
また、もし農水省の主張が正しいのであれば、備蓄米の放出で米価が下がると予想すると、コメを投機目的で抱えている業者は慌てて売りに出すはずである。農水省自身、今回の放出の目的を流通の円滑化、つまり投機目的の買い占め抑制だとしている。そうすると、市場での供給は42万トン(21万トン+21万トン)増加する。今の60キログラムあたり2万5千円が1万2千円にまで米価は暴落するおそれがある。
農水省自身、自己の主張を信じていないのではないだろうか?
■もともと下がっていた農協の集荷シェア
農水省は、隠しているという根拠を全く示していない。その事実を確認さえしていないのだ。それなのに、盛んにコメは消えた、どこにあるのかわからない、これから調査すると主張している。マスコミもこれを無批判で報道している。
しかし、あるのに隠されて消えているのだろうか? そもそも、もとから“ない”のだろうか?
第一に、多くの業者が農家に買い付けに来ていると言うし、そういった類の報道が多い。しかし、新しい業者が参入することとその業者が隠していることは全く別物だ。“転売ヤー”がいたとしても、その名の通りすぐに転売し売り抜けている。隠し持ってはいない。報道されているのは、自己の店で提供するコメを仕入れにくる外食店だったり、仲間うちで販売する中国人バイヤーだったりで、買い占めのために参入しているというものはない。
そもそも農協以外の集荷業者が参入することは今に限ったことではない。食管制度があった80年代まで農協の集荷シェアは95%もあったのに、さまざまな業者の参入や農家の直販などで、今では農協の集荷シェアは5割に低下している。今回は米価が上がったので、新規参入が多くなっているだけだ。
■「消えたコメ」論の無理
第二に、隠しているコメを保管するのに多大なコストがかかる。
温度管理が適切にできる倉庫でないと品質が劣化する。ネズミや虫の被害から守る装置や対策も必要になる。1万トンの保管に1億円の費用がかかる。21万トンなら21億円だ。また、投機目的で売り惜しみしているなら、農家に代金を払ってからコメを販売して代金を回収するまでの期間が長くなり、そのための金利負担が大きくなる。同じく投機でも為替などと異なり実物が伴う投機である。金利や保管料など多くのコストがかかることを覚悟しなければならない。コメを隠していると言われる業者はこれらの費用を負担できる資金を持っているのだろうか?
第三に、売り惜しみするのは、金利・保管料などのコストをかけても持っていれば将来高く売れるという見込みがあるときである。現在は史上最高水準の高米価である。今年産の収穫は終わっている。これからコメの供給量が減少する要因はない。農水省も予想しているように、今年産の作付けは増えるので、今年の10月から米価は下がる。早めれば、コメの作付けが始まる4~5月ころから、市場は供給増加を予想し、米価は低下し始めるだろう。在庫を抱えていれば高く買ったものを安く売ることになる。損をするだけだ。
第四に、21万トンとは大手コメ卸売業者の年間販売量に匹敵する数字だ。21万トンのコメを、東京ドームの敷地に30キログラム袋で敷き詰めれば6メートルの高さにもなる。39万トンなら11メートルだ。各地に分散しても、21万トンも在庫を抱えているなら、すぐに見つかりそうだとは思わないだろうか?
■トレーサビリティ法でコメは消せない
第五に、2008年汚染米事件が発生した際、農水省はコメのトレーサビリティ法を作った。
コメの流通を統制・管理していた食糧管理法の下では、コメ流通は、生産者⇒農協(一部は商人系の集荷業者)⇒卸売業者⇒小売業者⇒消費者というルートが固定されていた(集荷・流通業者は政府に許可・登録された者に限られる)。1995年に同法が廃止され流通ルートが複雑化したために、コメの不正流通をチェックできなくなり、汚染米事件が引き起こされたとして制定したのが、トレーサビリティ法である。
同法では、生産者から農協等の集荷業者、卸売業者、スーパー、小売店、外食店まで全ての事業者に対し、取引を記帳し保存することが義務付けられている。搬出入した場所も記載義務事項である。流通ルートが複雑化しても、農水省は同法によって各段階の取引やコメの在りかを把握できているはずである。農水省の視界からコメが消えるはずがないのだ。
(参考)米トレーサビリティ法の概要(「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律」)
1.対象事業者
対象品目となる米・米加工品の販売、輸入、加工、製造又は提供の事業を行うすべての方(生産者を含む)となります。
2.取引等の記録の作成・保存
米・米加工品を(1)取引、(2)事業者間の移動、(3)廃棄など行った場合には、その記録を作成し、保存してください(紙媒体・電子媒体いずれでも可)。
3.以下の項目について、記録が必要です。
品名
産地
数量
年月日
取引先名
搬出入した場所
用途を限定する場合にはその用途 等
■結論「消えたコメはない」
昨年夏、減反政策で生産量を減らしていたところに、猛暑による23年産米の高温障害が追い打ちをかけて40万トンの供給不足に陥り、スーパーの店頭からコメが消えた。
図表1から前年産米と当年産米が入れ替わる端境期8月の民間在庫量が昨年は異常に少ないことがわかる。
本来昨年10月から食べる24年産米を端境期の8~9月にかけて先食いしたため、同年産が供給される作年10月から今年の9月までの供給量は端から40万トン減少していたのだ。
この状態が現在も続いている。24年7月ころから民間在庫は対前年同月比で40万トン程度少なくなっている。
消えたのではなくコメがないから、集荷競争が激化し農協の集荷量が減っているのだ。
沖縄返還交渉の際の日米密約や森友文書など、役所があるものをないと言ったことはある。これは難しいことではない。役所が持っているので隠せばよいからだ。しかし、ないものをあると言ったことは寡聞にして知らない。ないのにあると証明しなければならないからだ。これは不可能である。
立証責任は農水省にある。ないのに消えたと強弁した農水省の幹部や同省の言うままに記事を書いた記者は、今頃不安にさいなまれているのではないだろうか?
■許せない卸売業者悪玉論
今回の一連の不手際で私が許せないのは、卸売業者をとにかく悪玉にしようとする農水省の姿勢である。
コメの卸売業者は農政、減反政策の犠牲者である。コメの市場は1960年代の1300万トンから、減反政策によって現在では650万トンまで半分に減少した。
農家や農協は政治力を使って権益を確保した。減反はその手段だった。しかし、政治力のない中小のコメの卸売業者は、コメ市場が縮小させられることに対して抵抗するすべもなく店をたたんで消えていった。コメの卸売業者数は1982年の279から2021年には142に半減している。
農政の犠牲者をさらに鞭打つようなことは行うべきではない。
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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