【国際】日本人も「無能扱い」されている…米在住30年超の筆者が見た「トランプ大統領の多様性撲滅政策」の恐ろしい本性
【国際】日本人も「無能扱い」されている…米在住30年超の筆者が見た「トランプ大統領の多様性撲滅政策」の恐ろしい本性
■「多様性」が米国で新たな差別用語に
DEIという日本では聞きなれない言葉が、アメリカでは政治と文化闘争の大きな焦点になっている。DEI(Diversity, Equity, Inclusion, and Transformation=多様性・公平性・包括性)とは、女性、ジェンダー・マイノリティ、非白人、障害者などを積極的に雇用しようという施策で、日本の大企業でも採用するところは多い。
ところがアメリカでは今「DEI」という言葉が、新しいNワード(アフリカ系アメリカ人を侮蔑する人種差別的な言葉)と言われている。つまりDEIで守られるべき人々を逆に侮辱する差別用語として、スラング的に使われるようになっているのだ。その対象には、非白人である私たち日本人も含まれている。
「民間航空を管轄する政府機関FAAは、多様性の推進のために重度の知的障害や精神障害を持つ人々を雇用している。そして彼らは航空管制官にもなれる」
トランプ大統領の衝撃の発言があったのは、1月29日にワシントン上空で起きた、米軍ヘリと民間機の衝突事故直後の記者会見だった。
つまり事故の原因は、DEI推進のために雇われた障害者にあることを示唆したのである。もちろんこの発言には何の根拠もない。インターネット上では、事故発生直後から「原因はDEI雇用のせい」という投稿が拡散されていたが、彼のこの発言はデマを一瞬にしてエスカレートさせることになった。
■デマの拡散がDEI排除を加速させている
DEI雇用に対する中傷やデマは、トランプ氏が大統領選に出馬して以降激しさを増している。2024年1月、アラスカ航空機のドアが上空で吹き飛んだ事故では、多様性のために雇われた「女性のDEIパイロット」が原因だとするデマが広がった。
同3月、メリーランド州ボルチモアの港で貨物船が橋に衝突、崩落し移民労働者6人が死亡した事故では、「ブランドン・スコット市長が黒人だから起きた」という反応が火のように広がり、スコット市長は「DEI市長」と中傷された。
トランプ氏が大統領選出馬中に起きた2024年7月の狙撃事件では、事件を防げなかったのはDEIが原因、つまり女性をシークレットサービスに雇ったからという論争が巻きおこった。
さらにトランプ氏と戦ったカマラ・ハリス候補に対しては、「DEI候補」のレッテルが貼られた。「女性で黒人であるというだけで候補に選ばれたが、実際には能力がない弱い女性」と攻撃され続けたのだ。
女性や人種的マイノリティ、障害者を「DEI」と呼び侮辱する言い方は、明らかな差別用語との批判を受けながらも、トランプ支持者や極右のアメリカ人を中心に、日常のものになりつつある。
■バイデン政権はマイノリティ政策を進めてきたが…
もちろん、DEIは最初からこのような差別スラングだったわけではない。
前述の通り、DEIは多様性、公平性、包括性の頭文字をとったもので、女性、性的マイノリティ、非白人、障害者が、歴史的・制度的障害により雇用機会を奪われてきたのを、是正しようとする動きである。
DEIは1960年代の公民権運動と共に少しずつ浸透してきたが、2020年のBLM(Black Lives Matter=黒人に対する暴力への抗議行動)以降、急速に市民権を得て、政府や企業にも広がった。雇用の機会を広げるだけでなく、職場での差別をなくすための取り組みも含まれている。
アメリカは今や人口の4割を非白人が占めるまでに多様化しているので、時代の流れとしても当然と言えるだろう。特にバイデン政権はDEI施策を積極的に進めた。史上最も多様な政権となっただけでなく、政府の各省庁での雇用や、取引先での多様性の実現にも力を注いだ。
その影響で、日本でも主に女性の機会均等のための施策として採用する大企業が増えた。
■性別や人種で採用するのは実力主義に反する?
ところがそれは、DEIは白人男性を逆差別しているという反感を生むことにもなった。特に共和党極右勢力が、性別や人種によって人を採用するのは、メリトクラシー(実力主義)に反し、社会に分断をもたらすと強く攻撃した。同時に彼らは、ただ女性やマイノリティであるという理由だけで、能力もないのに採用するのがバイデン政権のやり方であるかのような論調を煽(あお)っていった。
トランプ陣営はこうしたDEIへの反感を徹底的に利用した。ハリス候補への中傷もそうだが、バイデン政権のDEI施策が、白人を逆差別し分断を煽っているというメッセージをばら撒(ま)き、保守的な白人層や伝統的な価値観を重視する層の票を集めることに成功したのだ。
そしてトランプ大統領は就任後、即座にDEI施策の廃止を宣言する。
■トランプ氏側近を前に消えた「日本の折り鶴」
すっかり差別用語に変わり果てた多様性のあり方は、このDEI廃止宣言で新たな局面を迎えている。
2月中旬、ピート・ヘグセス新国防長官夫妻がヨーロッパを歴訪した。その際訪問する予定だったベルギーのNATOのアメリカンスクールで、驚くべきことが起こった。
ある教室に飾られていた3つの品、ハリエット・タブマン(アメリカの奴隷制度撤廃に力を注いだ黒人女性)の写真と、LGBTQ+の象徴である虹色の旗、そして日本の折り鶴が、訪問を前に撤去されたというのである。ニューヨーク・タイムズが2月13日に報じた。
その理由は、3つがそれぞれ黒人、ゲイ、日本人の象徴とみなされ、DEI廃止の規則に抵触することを心配しての措置だったという。新しいルールに従うための「文化自粛」が起きたのだ。
そして、今やDEIを想起させる物は存在すら許されないという、タブーのようなものが生まれつつあることも明らかになった。
さらに、排除されるのは黒人、LGBTQ+やその文化だけではない。西洋人にとっては異文化である日本も対象になりうるという、象徴的で衝撃的な出来事だった。
■ウォルマート、アマゾン、マック、ディズニーも…
トランプ大統領のDEI廃止宣言の直後、イーロン・マスク氏の政府効率化省の手で、多様性を推進していた部署や職員はことごとく廃止、解雇された。もし省庁内で多様性を重視した採用を実施したり、そのための教育を行ったりする部署や人がいれば、迅速に密告するようにとの通達も出された。
同時に省庁が契約する企業や、それ以外の大企業に対しても、DEI廃止への圧力がかかり始めた。ウォルマート、ターゲットなどの小売大手や、アマゾン、グーグルなどのテック企業、ディズニー、マクドナルドなどが早々に社内のDEI施策の撤廃や縮小を決めた。
同時に「言葉狩り」も始まっている。トランプ氏は「アメリカのジェンダーは男と女だけ」と宣言した。その直後、米疾病予防管理センター(CDC)のサイトからはLGBTQ+の健康、HIV情報、人種格差などに関連する情報がごっそり消えた。現在サイトには黄色い文字で「大統領令に従って編集しています」との断り書きがある。
また国務省のサイトでは、LGBTQ+からTQ+が省かれLGBだけになった。つまりレズビアン、ゲイ、バイのみで、トランスとノンバイナリーは存在すら認めないという強烈なメッセージだ。
保守派の中には1960年代の公民権運動から続く文化的変革に反発する強硬な勢力が存在する。それが多様性推進への反発となり、第2次トランプ政権誕生と共に一挙に具現化したと言っていいだろう。
■標的になるのが怖くてデモに参加できない
「DEI施策を後退させるトランプにはもううんざり!」
そう怒りをぶちまけたのは2月17日、トランプ政権への抗議デモで出会った大学生のジュリアさんだ。
「大統領の日(ワシントン誕生日)」の休日に全米50州で同時開催されたこのデモは「Not My President=私の大統領ではない」と題された。ニューヨークでは1万人を動員し、トランプ当選以降では最大の規模となった。
ジュリアさんの友達オリビアさんは、「トランプ大統領がやっていることは明らかな人種差別」と言いきる。DEI廃止だけではない。不法移民の強制送還も、対象となっているのはヒスパニックやアジア系などの非白人だからだ。
DEIへの攻撃がファシズムにつながるという怒りの声も聞かれた。多様性を否定し、単一的な民族で構成された社会のみが国家に強さをもたらすというのが、ファシズム的な考え方だ。さらに教育や言葉を統制し、同時に自粛を促す。まさに今トランプ政権がやっていることは、白人至上主義独裁政権に向けての布石だという強い怒りが噴き出している。
この日のデモには10代から80代まで幅広い年齢層がいたが、実は白人がほとんどだった。黒人やヒスパニックはほんのわずか、アジア人はひとりも見かけない。ニューヨークでこんなデモを経験したのは初めてだ。
■「永住権」のコピーを持ち歩くように
「私の黒人の友人たちは怖いからデモには行きたくないと言った。だから自分が代表してここに来た」と話してくれたのは、40代の女性カレンさんだ。DEIが廃止された今、嫌がらせを受けたり、暴力のターゲットにされたりするのではないかと恐れているというのだ。
アメリカで最もリベラルな都市の抗議行動にマイノリティが参加を躊躇する。前代未聞の事態が起こっていると言っていいだろう。
実は私自身も恐れがなかったわけではない。
今、アメリカでは「移民狩り」が激しくなっている。これは不法滞在者だけを対象にしているわけでない。移民・税関捜査局のホーマン国境警備責任者は「悪人の側には必ず不法滞在の仲間がいる」とキャッチ&リリースを謳(うた)い、とりあえずそれらしい者を捕まえる方針をとっているからだ。肌の色が白くなければ、いつ巻き添えで拘束されるかわからないという危機感がある。
トランプ支持者のスパイが抗議行動に紛れ込み、参加者の写真を撮っているという噂も出回っている。たとえ合法な移民であっても、反トランプを理由に国外退去を迫られるのではないかという不安が非白人の間で渦巻いている。
私自身、最近はグリーンカード(永住権)のコピーを必ず携行するようになった。アメリカに住んで30年以上になるがこんなことは初めてだ。コロナのパンデミックの時の、アメリカにおけるアジア人への差別偏見は、根拠のないデマが理由だった。しかし今回は背後にアメリカ政府というとてつもなく大きな権力が控えていることに、背筋が寒くなるのを感じる。
■日本人も差別の対象に含まれている
アメリカに留学している日本人学生や在米中小企業経営者の中にも、DEI廃止の影響を懸念する者が少なくない。これまでDEIは大企業に対しても、その契約企業にも多様性を求めていた。それがなくなった今、就職できなくなるかもしれない、あるいは仕事が来なくなるかもしれないという不安を感じているのだ。
アメリカに進出している日本の大企業も、いずれはDEIを継続するか廃止するかの選択を迫られるだろう。ロイター/イプソスが2月4日に発表した調査結果によると、米軍におけるDEI施策の撤廃は反対が49%で、賛成の約46%をわずかに上回っている。しかし地域や人種・年齢にばらつきがあるため、企業ごとに主な顧客の価値観がどちらに近いのかをよく見極める必要がある。
もし、日本政府がトランプ政権のこのような動きを黙認し続ければ、危険が及ぶのは在米日本人や在米企業だけではない。大量のインバウンド客を受け入れている日本にも少なくない影響が出てくるのだ。
アメリカ人に「反DEI=白人が優遇される、非白人への差別的な言動も許される」という誤ったイメージが広がることで、一部の観光客が日本人に横柄な態度をとり、トラブルに発展する可能性もあり得る。同時に黒人・ヒスパニック・LGBTQ+の人々、さらには日本に住むマイノリティに対する差別意識が持ち込まれるリスクも考えられる。結果として外国人観光客への警戒感が強まり、日本社会との摩擦が増えるかもしれない。
トランプ大統領のDEI廃止はアメリカを超えて波紋を広げ続けている。非白人である日本人がその標的にされたとき、私たちの生活はどんな風に変わってしまうのだろう。
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ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
NY在住33年。のべ2,000人以上のアメリカの若者を取材。彼らとの対話から得たフレッシュな情報と、長年のアメリカ生活で培った深いインサイトをもとに、変貌する米国社会を伝える。専門分野はダイバーシティ&人種問題、米国政治、若者文化。ラジオのレギュラー番組やテレビ出演、紙・ネット媒体への寄稿多数。アメリカのダイバーシティ事情を伝える講演を通じ、日本における課題についても発信している。
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