【社会】だからスーパーも定食も「ノルウェー産サバ」ばかり…日本人の食卓から「国産サバ」が消えつつある危機的理由
【社会】だからスーパーも定食も「ノルウェー産サバ」ばかり…日本人の食卓から「国産サバ」が消えつつある危機的理由
■21年ぶりに30万トン割れとなったサバ漁獲量
国産サバの漁獲状況が振るわない。2018年までマイワシを上回って日本一の漁獲を維持していたものの、この数年、水揚げは減少傾向。2023年の年間漁獲量は26万トンに落ち込んで21年ぶりの30万トン割れとなり、24年はさらに減ったとみられている。
今年2月上旬、水産庁は「歴史的にみて非常に厳しい状況にある」として、サバの漁獲枠を現行の2~3割に削減する案を示した。漁業関係者などと調整し、6月に最終決定される予定だ。
■量の減少に加え、獲れるのは細い小型魚ばかり
同庁が提示した削減案は、太平洋における2025年のサバ漁期(7月から2026年6月まで)を対象としている。2024年漁期(同年7月から2025年6月)の漁獲枠35.3万トンから、6.8万~10.9万トンへと大幅に引き下げようというのがその内容だ。
太平洋側では近年、青森県の八戸港、宮城県の石巻港、千葉県の銚子港、静岡県の沼津港といった主要港でサバの水揚げが減っている。水産庁などによると、1970年代には太平洋側だけで100万トンを超え、豊漁期となっていた。その後は増減を繰り返し、2021年以降は再び減少期に。2023年漁期は約7万トンと低水準に落ち込んでいる。
量が少ないばかりではない。獲れるのは細い小型魚が中心で、脂が乗った大型のサバはごくわずかだ。
太平洋のサバ資源がなぜ、歴史的な危機状況にあるのか。国立研究開発法人水産研究・教育機構は「原因ははっきり分からない」とした上で、「これまで伊豆諸島沖でまとまった産卵が見られたが、2年ほど前から産卵量が少なく(プランクトンなどの)餌の質・量ともに良くない状況であるため、サバの成長・成熟が鈍化している」と説明する。
■国内で食べられているのは大半がノルウェー産
不漁で小ぶり化している魚というと、サンマを思い出す方もいるのではないか。サンマの不漁ぶりはサバの比ではない。庶民の秋の味覚として親しまれてきたが、今や高嶺の花だ。2014年には豊洲市場で150グラムのサンマに1kg300~400円の卸値がついていたが、2024年9月上旬には同4000~5000円まで上昇している(いずれも時事通信調べ)。
一方、「サバが高くなった」という嘆きは今のところ世間であまり聞かれない。
この背景には、実は日本で消費されるサバの多くをノルウェー産が占めている状況がある。脂のノリが悪く小型魚ばかりの国産に比べ、ノルウェー産のサバは大きくて脂たっぷり。結果として、スーパーや弁当、定食屋チェーンなどで扱われるサバはほとんどがノルウェー産に置き換わっている。三陸産の〆サバや、福井県などの名産品「へしこ」の原材料も同様だ。
農林水産省の「産地水産物用途別出荷量調査結果」によると、2022年の国産サバ類の「生鮮食用向け」の割合はわずか13%。マイワシ(15.1%)よりも少なく、鮮魚としてあまり流通していないことがわかる。これに対し、「養殖用または漁業用餌料向け」は48.5%と最多で、他魚と比べても比率が高い。
このまま不漁が続けば、国産サバの影がますます薄くなることは避けられない。
■漁獲枠7〜8割減でも直近の漁獲量を上回る謎
水産庁が「歴史的な危機状況」と警告しているだけに、漁獲枠を大幅にカットするのは理解できる。ただ、ここで少々疑問が湧いてくる。それは、実際に水揚げされているサバの量と漁獲枠との関係だ。
前述の通り、太平洋側の2024年漁期(同年7月から2025年6月)の漁獲枠は35.3万トン。一方、その前年2023年漁期に太平洋側の漁港で水揚げされたサバは約7万トン。つまり前年の漁獲量の約5倍の枠が設定されていたわけだ。
これは漁業者たちが「資源回復のために、枠を使い切るほど獲らないでおこう」と考えてもたらされた結果ではない。そこにあるのは「獲ろうと思っても獲れない」ほどサバが減っている現実だ。
これを踏まえて、今回の削減案をあらためて見てみよう。「現行から7〜8割減」と聞くと衝撃的だが、6.8万~10.9万トンという数字は直近の漁獲量よりもむしろ多い。歴史的な不漁状態にあるにもかかわらず、実績を上回る漁獲枠になっている。
■不漁のサンマは漁獲量の3倍近い枠が設定されている
水産庁は漁獲枠の算出について、「10年後を見据えて、太平洋サバの親魚量をはじめ資源を維持するために、どの程度なら獲っても持続的な漁業が継続できるのか、という視点で検討している」と説明する。つまり直近の漁獲量は、漁獲枠を導き出す際のベースにはなっていないというわけだ。
これはサバだけに限らない。設定基準は魚種によってそれぞれだが、例えば、サンマの昨年の漁獲枠は約11万トン。これに対し、昨年トータルの漁獲量は約3万9000トンと3分の1ほどだった。
ほかの魚種でも、サンマと並んで大不漁となっているスルメイカは、近年の水揚げ量が2万トンほどだったものの、2024年度までの3年間は年間7.9万トンの漁獲枠が設定されていた(2025年度の漁獲枠は1.9万トンと大幅に引き下げられている)。漁獲枠が多過ぎることがいくつかの魚資源の悪化の一因になっていると指摘する声は少なくない。
サバの消費者団体「全日本さば連合会」の小林嵩亮会長は、「(太平洋側の)各地の漁港で、サバの水揚げ状況が良くないというのは感じている。かつてのようにサバ資源を回復させるには、実際の漁獲量よりいったん大きく減らす発想も必要なのではないか」と指摘する。
■「我慢しても増えるわけではない」漁業者の言い分
資源が悪化している中、今よりも漁獲そのものを減らす考えはないのか。これについて、ある漁業団体の幹部はこう話す。
「漁業者は今、限界までサバを獲っているのではなく、そのときに操業できる範囲で、太平洋のサバ資源のごく一部を利用しているに過ぎない。また、サバなど回遊魚は、海洋環境の変化で急に減ったり増えたりもする。つまり『たくさん獲ったら減る』とか『獲らなければすごく増える』というわけではない。したがって、実際の漁獲量より減らすのは(漁業者にとって)危険な選択だ」
漁獲と資源の間には、完全な相関があると言い難いのはたしかだ。サバやイワシ、サンマのような回遊性の多獲性魚種は、複雑な海洋環境の変化に伴い、予想できない増減を示すことがある。サバの場合、資源量が減る中でこれまで何度か、生まれた後の生存率が極端に高い「卓越年級群」と呼ばれる一群が発生した年があった。
将来の資源を増やすために、実際の漁獲よりも枠を削れば、その分だけ確実に資源が増えるというたしかな根拠はないのであろう。であれば、獲れるのに目の前のサバ資源をスルーするのはもったいないし、実際の漁獲量より少ない漁獲枠にされてしまえば、万が一、急にサバ資源が増えたときに獲りたくても獲れなくなる――というのが、漁業者サイドの見方だ。
■“獲ったもの勝ち”だから小型でも獲るしかない
TACと呼ばれる漁獲枠(漁獲可能量)は、水産資源を維持するために魚種ごとに漁獲可能な総量である一方、漁業経営にも配慮した検討の末、決定することになっている。
水産関係者には「漁業者がいなくなってしまえば、元も子もない」といった考えがあり、過度な規制に踏み切りにくい面がある。それゆえ、一般には「甘めの上限」とみられかねないものの、10年後の魚資源に加えて直近の漁業経営にも鑑みてはじき出されるのが漁獲枠である。
いつ何時訪れるかわからないチャンスを漁業者がみすみす逃したくないのは道理ではある。我慢したからといって資源が回復するとは限らないとなれば、なおのことだろう。
そもそも日本では、漁獲可能量を漁業者に個別に割り当てずに総量を規制する方式を採用している。「オリンピック方式」とも呼ばれており、その所以は「よーい・ドン!」で獲ったもの勝ちだからだ。たとえ小さいサバでもできるだけ獲って水揚げを稼がなければ、ほかの漁船に獲られてしまう、だから獲るしかない――という悪循環が生まれてしまう。
一方ノルウェーでは、漁船ごとに漁獲枠が与えられるため、できるだけ小型魚を避け、大型のサバのみを漁獲する傾向が強い。
■国産サバを日本人に縁遠いものにしないために
小型のサバを獲りまくるのは資源回復という観点では悪循環に思えるが、日本の漁業者の経営・生活を考えるとやむを得ない面もある。その点も含めると、現状ではサバの「卓越年級群」が突如出現するのを待つしかない、と見る向きもある。
漁獲枠の大幅削減により太平洋のサバ資源が回復するかどうかは、未知数だ。ただ、不漁とはいっても、サバは日本海を中心に20万トンを超える漁獲を誇る。サバ以上に水揚げされているのは、マイワシだけだ。こうした状況下で、しかもはっきり外国産とは意識しないうちに、ノルウェー産のサバばかりが食べられている状況にも目を向ける必要がある。
せっかく獲れた国産サバ、これをもっと有効活用する手立ても考えていかなければならない。このままでは国産サバが、日本人にとって縁遠くなる一方だ。
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時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006~07年には『水産週報』編集長。2010~11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。
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