【国際】これが本当に「世界3位」の経済大国なのか…「過激派左翼」に産業をバラバラにされたドイツが日本に送る警告
【国際】これが本当に「世界3位」の経済大国なのか…「過激派左翼」に産業をバラバラにされたドイツが日本に送る警告
■異例の速さで進む連立協議
前回2021年9月に行われたドイツ総選挙では、ショルツ新政府が発足したのはその2カ月半後。前々回のメルケル第4次政権では連立交渉で手こずったため、半年もかかった。では、今回の連立交渉は、どうなるのか?
総選挙は2月23日だったが、3月8日には、CDU/CSU(以下・CDU)と社民党の代表が記者団の前に現れて、大まかな“打診”が終了したことを報告。10日より早速、本格的協議、つまり、共同の政策綱領の作成に入ることを宣言した。新議会の招集は3月25日の予定だが(選挙後30日以内に招集しなければならないと法律で決まっている)、メルツ氏はそれまでに社民党との連立を固めるつもりだ。
なぜ、彼らがこれほど急いでいるかというと、もちろん理由がある。CDUと社民党は、財政拡張のために国家の債務を増やしたいのだ。それも合計で少なくとも9500億ユーロになるというドイツ連邦共和国始まって以来最高額の債務である。
■「債務ブレーキ」緩和の裏にある焦り
ただ、ドイツには、「債務ブレーキ」と呼ばれる法律があり、公的債務残高の年間の増加がGDPの0.35%を超えてはならないということが基本法(憲法に相当)で定められている。そのため、それ以上の借金をしたければ、この「債務ブレーキ」を緩めなくてはならず、そのためには基本法を改正しなければならない。
そして、基本法の改正には議会の3分の2の賛成を得る必要がある。しかし、まもなく召集される新議会では野党が強いため、3分の2の賛成を得ることは絶対不可能なのだ。
そこでCDUと社民党が何を考えたかというと、まもなく賞味期限の切れる現在の国会で、大急ぎで基本法改正を済ませてしまおうということだ。新議会が発足するまでは旧議会が生きているため、このアイデアは違法ではないという理屈である。
■「債務ブレーキ死守」を掲げていたが…
ただ、旧議会に座っている議員の中には、当然、先月の選挙で落選した人、あるいは、今後、政界から引退する人も大勢いる。彼らは、自分たちの採決の結果でその後の政治がどうなろうが、一切責任を持つことのない人たちである。
そんな人たちに、次世代までが多大な経済的負担を背負うことになる重要な案件を大急ぎで決定させてしまうことが、真っ当な民主主義に則る手法なのだろうか。いくら合法とはいえ、選挙で新しい議会を選んだ国民の意思に反するのではないかという批判の声は高い。
しかも、国民が唖然としたのは、実はこれだけではない。「債務ブレーキ」を緩和するか否かは、今回の選挙では難民問題と並んで最大の争点だった。そして、CDUは終始一貫、「債務ブレーキ」の死守を掲げ、それを緩和しようとしていた社民党や緑の党と真っ向から対立していた。メルツ氏が支持者の前で“健全財政”を取り戻すことを誓い、「赤と緑の政治(社民党と緑の党の政治)は終わった!」と大声で叫んで支持者の歓声を得ている様子は、あちこちの映像に残っている。
ところが、そのメルツ氏が、選挙が終わったとたんに前言をクルリとひっくり返し、“終わった”はずだった社民党とスクラムを組み、こともあろうに債務ブレーキ緩和に躍起になっている。メルツ首相はその理由として、トランプ氏がNATOと距離を置くと言い出したため、ドイツは急遽、国防の強化が重要案件となったからだと言っていた。本当にそれが理由だろうか?
■「裏切り」の準備は昨年から?
今回の選挙結果は、CDUが第1党、AfD(ドイツのための選択肢)が第2党で、3位の社民党の得票はたったの16.4%だった。しかし、「防火壁」なる架空の壁を設けて“極右”AfDを排除しているCDUには、連立相手は社民党しかない。社民党と連立しなければCDUは政権がとれず、メルツ氏が念願の首相になれないことは、誰がどう考えても初めからわかっていた。
なお、現在、一部のニュース週刊誌によると、氏の周辺ではすでに昨年9月、債務ブレーキを外すための算段が立てられ、箝口令が敷かれていたなどという証言も出始めている。これが真実なら、メルツ氏は有権者を裏切る気で、最初から真実ではないことを約束していたことになる。
■選挙の敗者が勝者となる皮肉ぶり
だからこそ、選挙戦の間、AfDの政治家たちは有権者に向かって、「CDUと社民党は裏でつながっている」、「本当にドイツの政治を改革したいなら、AfDを選んでほしい」と呼びかけていた。ただ、今になって、その言葉が正しかったかと思い直しても、まずいことに、有権者の唯一の武器である選挙は終わったばかりだ。つまり、もう遅い。
しかも、ここで重要になってくるのが緑の党の存在だ。ショルツ政権の下でドイツ経済がボロボロになった大きな原因が、緑の党のハーベック経済・気候保護相が断行した脱原発をはじめとする、無謀なエネルギー政策だった。それに気づいた国民が緑の党に背を向けたため、緑の党は選挙で惨敗した(得票率11.6%)。
ところが、現在、メルツ首相が必死で進めている基本法の改正では、緑の党の票なしには賛成票は3分の2には到達しない。つまりメルツ氏は、社民党だけでなく、緑の党にも擦り寄らなければならなくなった。
緑の党は元々、異常にお金のかかる彼らの気候対策を支えるため、債務ブレーキを外すことを主張してきた。それにより、どんどん高くなる電気代を補助し、また、再エネ促進のためのコストを大幅に増やすことが目的だ。そこで、すでに昨年よりCDUに基本法改正を持ちかけていたが、CDUはこれ見よがしに緑の党を批判し、退けてきた。
■緑の党の要求はますます膨れるばかり
ところが、今、緑の党に縋(すが)るしかなくなったメルツ氏は、議会のスピーチで緑の党におべんちゃらを言って、場内の爆笑を買っている。ここまで無能な作戦があるだろうか?
一方、これを千載一遇のチャンスとみた緑の党は、その見返りに自分たちの要求をどんどん膨張させ、それが認められなければ、債務ブレーキの緩和には賛成しないと見栄を切った。その結果、総選挙のやり直しになっても、今より議席数が減ることはないと思っているらしく、要するに怖いものなしだ。
そこでメルツ氏は緑の党に、債務のうちの1000億ユーロを気候対策のために特化させると約束。そればかりか緑の党の、「基本法(憲法に相当)に2045年までの脱炭素の目標を明記しろ」という要求まで呑んだ。これにより、将来のドイツの脱産業化は、そう簡単に歯止めが効かなくなるだろう。
なお、3月9日に公共第2テレビのインタビューで、「健全財政を掲げていた公約を、なぜ、今になって破るのか」と尋ねられたCDUの幹部は、この期に及んでも、「米国のトランプ大統領がヨーロッパの防衛から退く可能性があるから」と答えていた。もちろん、債務は軍備増強にも充てられる。すべてはトランプ大統領のせいである!
■ドイツ国民は敗者となるのか
3月18日、旧議会が招集された。午前中から、各党の代表議員による激しい論争が数時間も繰り広げられたが、結局、513票対207票で、史上最高の債務パッケージは可決。なお、21日には連邦参議院(各州の代表が集まっている議会)でも採決が行われるが、メルツ氏はここでの反対を抑えるため、1000億ユーロを州に提供するとしており、スムーズな可決が予想される。自分の首相就任のため、あっちもこっちもお金で釣っている。
メルツ氏は、これで首相の座に一歩近づいたと思っているようだが、新議会での党首選の行方はまだわからない。緑の党の共同党首ハッセルマン氏は、メルツ氏が財政拡張の必要性を知りながら、選挙運動中ずっと有権者を“欺い”ていたと激しく非難。また、AfD、自民党、BSWによるメルツ、および、彼の財政拡張批判も当然、激しい。
そればかりかCDUの党内部でも、メルツ氏への反発はかなり高くなっており、反逆者が出る可能性も、今や否定できない。メルツ氏はいまだに、安全保障の緊急性を挙げているが、説得力には欠ける。
■結局、前政権の顔ぶれが復活するだけ?
このままでは、今後、果たして社民党が、メルツ氏の思惑通り、あっさりと連立を組んでくれるかどうかもわからなくなってしまった。ひょっとすると、緑の党と左派党と共に、左派の少数政権を立てようとするかもしれない。一方、CDUはというと、自分で築いた「防火壁」に阻まれて、連立相手がいない。社民党はどちらに転んでも与党になれる。
「防火壁」で作戦を間違ったCDUは、その後の公約破りで信用を失い、今では手詰まり感が激しい。
では、ドイツ国民は? これほどたくさん不誠実なイメージがくっついてしまった人物を、今でも自分たちの首相にしたいと思っているのだろうか。CDUはこのままでは、おそらく嵐の中をフラフラと左の方向に流されていく。ドイツでは近年より、計画経済、言論統制がすでに静かに進み始めているが、次に来るのは、大規模な軍拡、徴兵制の復活、国家権力の増大と自由経済の失速となるのか? 総選挙の結果がこんなところに向かうかもしれないなどと、いったい誰が想像したことだろう。
■「投票率82.5%」がなぜ日本でもできないのか
おりしも日本の政治も、選挙が終わってまだ間もないというのに、すでにボロボロだ。ドイツも日本も、既存の政党はどれもこれも、戦後70年間、築いてきた利権構造から抜け出せないし、おそらく抜け出したくもない。ドイツではAfDが出現して、その不都合な現実がにわかに可視化したため、政治が荒れている。トランプ大統領が、米国を足元から改革しようとしている動きと似ているかもしれない。
一方、日本ではまだ方向が定まらず、混沌だけが進んでいる。ただ、過去30年間の経済の停滞が、今後、はっきりと国民の貧困化に舵を切るなら、日本人も黙ってはいないのではないかと思う。
ドイツにせよ、日本にせよ、国民が敗者になることだけは絶対に起こってはいけない。ドイツの今回の選挙の投票率は82.5%だった。日本人も政治を諦めず、民主主義の力を発揮し、国民主権を行使すれば、政治の改善は不可能ではないと思うのだが……。
———-
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
———-
