【国際】プーチンの選択肢は「現状維持」しかない…停戦しても戦争前には戻れないロシアがハマった戦時経済という泥沼

【国際】プーチンの選択肢は「現状維持」しかない…停戦しても戦争前には戻れないロシアがハマった戦時経済という泥沼

現状維持しかできないという状況は、ロシアにとって非常に厳しいものだと感じます。停戦が成立しても、戦前の状態には決して戻れず、経済の泥沼から抜け出すのは容易ではないでしょう。今後のロシアの動向に注目です。

■停戦後も縮小が見込み難い軍需

2022年2月、ロシアウクライナに軍事侵攻を仕掛けた。それ以降、両国は交戦状態にあるが、2025年の予算で、ロシアの軍事費は予算の実に3分の1まで膨らんでいる。こうした事実からして、ロシアの経済運営は、それが「総力戦」のレベルにまでは程遠いといえども、平時体制から戦時体制への移行が着実に進んだと判断される。

とはいえ繰り返しとなるが、ロシアにとってウクライナとの戦争は、「総力戦」ではない。戦時経済への移行が進んでいるからといって、ロシアはヒト・モノ・カネといった有限な生産要素の全てを、ウクライナとの戦争の遂行に費やしているわけではない。言い換えると、ロシア総力戦を回避できるだけの経済的な体力をまだ有しているわけだ。

話を元に戻すと、仮に停戦なり終戦となった場合、ロシアはその経済運営を戦時体制から平時体制に回帰させていくのだろうか。結論から言うと、それは難しい。ウクライナ欧州連合(EU)との緊張関係が直ぐに和らぐことは考えられない。それに緊迫化する中東情勢との兼ね合いもあるため、軍需の減退は限定的だと考える方が自然である。

要するに、ロシアは戦時経済から平時経済に回帰させることはできないというのが、基本的な理解となる。今後もロシアのヒト・モノ・カネは、軍需向けのモノやサービスの生産へと優先的に配分される公算が大きい。ゆえに民需は圧迫され続け、高インフレも改善せず金利も低下しにくいため、国民生活は厳しい状況が続くことになる(図表1)。

■米欧日との関係改善も見込み難い

また仮に停戦に達したとしても、米欧日がロシアに対して科した経済・金融制裁が解除されることは考えにくい。停戦の仲介に注力しているからといって、米国のドナルド・トランプ大統領ロシアに「塩を送る」つもりなどないだろう。むしろトランプ大統領の真の狙いは、米国によるウクライナ支援の極小化にあると考える方が自然である。

まず考えられないことだが、仮に米国がロシアの事業者による米ドルの利用を容認したとしても、再び制裁を科されるリスクに鑑みれば、ロシアの事業者は米ドルの利用に消極的とならざるをえない。それは国際銀行間通信協会SWIFT)に復帰できても同様だ。再び排除されるリスクがあるなら、SWIFTへの復帰はあまり意味を持たない。

ロシアにとって意味を持つ制裁の解除があるとすれば、ロシア中銀がニューヨーク連銀に預けている在外資産の凍結の解除ではないだろうか。米国は経済・金融制裁の一環として、ロシア中銀がニューヨーク連銀に預けている米国債や金資産へのアクセスを遮断している。これを解除させた後、金塊にしてロシアに現送する可能性が意識される。

しかしロシアは、2014年のクリミア侵攻以降、米国から制裁を科されるリスクに鑑みて、外貨資産(外貨準備)の米ドル比率を下げ、ユーロやポンドといった他のハードカレンシー建て資産に振り替えてきた。その結果、2021年6月時点でロシアの外貨準備に占める米ドルの割合は16.4%まで低下し、代わりに32.3%がユーロとなっていた。

またポンドも6.5%を占めていた。言い換えれば、ロシアの在外資産の4割を保有しているのは欧州勢であり、米国は2割にも満たないわけだ。在外資産の凍結が解除されるにしても、EUや英国がそれに同意しなければ、ロシアは在外資産を十分に回収することができない。外貨準備の多様化が、ロシアにはかえって仇になっているといえよう。

■米欧日の資本回帰も極限定的

それに、停戦に達したとしても、米欧日の投資家や事業者によるロシア市場回帰はかなり限定されるだろう。ここでロシアの対内直接投資の動きを確認すると、ウクライナとの戦争が生じた2022年以降は純減していることが分かる(図表2)。この動きは、欧米日の投資家や事業者がロシア事業を引き揚げたことを反映した動きであると考えられる。

ロシアは米欧日から科された経済制裁への報復措置として、ロシアから撤退しようとする米欧日の企業に対する規制を厳格化した。具体的には、ロシアから撤退しようとする米欧日の企業に対して、ロシア国内の資産を売却する際に、価格を大幅にディスカウントしない限り撤退を容認しないという規制を課したため、各社の撤退は困難を極めた。

制裁の緩和を受けて再びロシア市場に参入したとしても、米欧日との関係が悪化すれば、対ロ制裁は再び強化されることになる。このようにカントリーリスクが高いロシア市場に再び参入しようという米欧日の投資家や事業者は限られるだろう。とりわけロシアにとっての懸念事項は、米欧のオイルメジャーから積極的な投資が見込み難いことだ。

世界最大の産油国であり、石油やガスの輸出が武器であるロシアにとって、西シベリアの原油の枯渇問題は頭痛の種となっている。一方で、豊富な埋蔵量が見込まれる東シベリアの油田開発は喫緊の課題であるが、それには友好国である中国のオイルメジャーのノウハウやマネーだけでは限界があるため、米欧のオイルメジャーの協力が不可欠だ。

しかし、そうした米欧のオイルメジャーカントリーリスクの高いロシア市場に本格的に回帰する展開は想定しにくい。まして停戦に達しただけではなおさらのことである。油田の開発が進まなければ、ロシアは外貨を稼げず、友好国からの輸入でさえままならなくなる。米欧日の信頼を取り戻すには、それこそ長期の歳月を要することになる。

なおウラジーミル・プーチン大統領は、3月18日モスクワで開催されたビジネスフォーラムの場で、ロシアから撤退した企業がロシア市場に再参入する場合、撤退に際しディスカウントして売却した資産をそのままの価格で買い戻すことは認めないと発言した。こうした環境のロシアに回帰する米欧日の投資家や事業者など、限定的だろう。

■戦時体制がスタンダードになるロシア

結局のところ、停戦ないしは終戦となっても、ロシアの経済運営はウクライナとの戦争前の平時体制へ回帰することはできないと考えられる。一方で、ロシアで厭戦ムードが拡がっていることは確かである。政府が国民生活にさらなる犠牲を強いることもまた困難である。そのため、ロシアの戦時体制が一段と先鋭化する可能性も低いと考えられる。

少なくともプーチン大統領が最高権力者であるうちは、ウクライナとの戦争を経て移行が進んだ今の戦時体制のレベルでの経済運営こそが、ロシアのスタンダードになるだろう。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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2025年3月18日、ロシア産業企業家同盟の年次総会に出席したロシアのウラジーミル・プーチン大統領 – 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

(出典 news.nicovideo.jp)

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