【国際】だからトランプ大統領はプーチンに逆らえない…「ズブズブの関係」を築き上げた”ロシアの情報機関”の手口

【国際】だからトランプ大統領はプーチンに逆らえない…「ズブズブの関係」を築き上げた”ロシアの情報機関”の手口

この記事を通じて、トランプ大統領がプーチン大統領に逆らえない理由に迫り、両者の間にある「ズブズブの関係」を浮き彫りにしています。冷戦後の新たな冷戦構造において、どのようにしてロシアが影響力を拡大しているのかを考察する貴重な記事です。

米国で第2次トランプ政権が発足したことで、前回の2016年大統領選でのロシアの介入が再び取り沙汰されている。国際ジャーナリストの春名幹男さんは「ロシアの情報工作を迅速に探知していながら、プーチンが望んだトランプをやすやすと当選させた米情報機関関係者には敗北感が漂った」という――。

※本稿は春名幹男『世界を変えたスパイたち』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■民主党陣営へのロシアのサイバー攻撃

2016年3月19日、ヒラリー・クリントン陣営の選対本部長、ジョン・ポデスタ元大統領首席補佐官のコンピューターが「ファンシーベア」を名乗るサイバー・スパイ・グループの攻撃を受け、2万通以上のメールを盗まれた。

さらに6月には民主党全国委員会(DNC)が、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の26165部隊と74455部隊の攻撃を受け、2万通以上のメールを盗まれた。DNCのコンピューターは全部で33台が被害に遭った。ロシアによる選挙介入を捜査したロバート・ミュラー特別検察官は、ファンシーベアはGRUの26165部隊の別名と判断している。

いずれの盗難メールも、GRUから情報公開サイト「ウィキリークス」に提供され、公開された。特別検察官は両事件の犯人12人を2018年に起訴している。

この事件では、DNC委員長が大統領選の有力候補者、バーニー・サンダース上院議員らを公正に扱うのではなく、ヒラリーを優先的に扱っていたことが判明。このため、民主党全国大会直前に委員長が辞任する騒ぎになった。ヒラリーは政府の機密文書を自分の私的サーバーなどに保管していたことを知られており、自分自身のメールが盗まれていた事件もすでに問題視されていたため、さらにダメージを被った。

別のロシア情報機関、対外情報局(SVR)も、前年2015年にDNCのネットワークをハッキングしている。ロシアは、ウィキリークスのような外部組織も利用する大がかりな対米工作を展開していたのだ。

■「君たちなら見つけられると期待する」

こんな話がある。

7月27日、ヒラリーの3万通に上る個人メールが行方不明になっているとのニュースが伝えられた。この問題についてトランプは記者会見で「ロシアよ、言ってやる。行方不明になっている3万通のメールを君たちなら見つけられると期待する」と、ロシアがヒラリーのサーバーにサイバー攻撃をかけるよう求める発言をした。

あたかも政敵を打倒するためロシアの助けを期待した発言か、と思わせるが、実は裏の動きに連動していたことが2018年になって分かった。

実はGRUの12人に対する起訴状が、まさにその日の舞台裏でのGRUの動きを伝えていた。それによると、犯人たちは7月27日、第三者のドメインでヒラリーの個人事務所で使用されている複数のメール・アカウントへのサイバー攻撃を試みた。ほぼ同時期に彼らはヒラリー陣営の76件のメールアドレスもターゲットにしていたというのだ。トランプがその事実を知りながらおかしげな発言をしていたとすれば、極めて重大な事実になる。

■選挙コンサルタントにロシア系工作員が接触

2016年11月8日の米大統領選挙に向けて、ロシア情報機関は活発に動いた。特に、トランプが共和党の大統領候補指名を確実にした時点から、プーチン関係者とトランプ陣営はせわしなく接触していた。

ミュラー特別検察官の捜査を受けて発行された起訴状によると、8月15日ごろ「グッチファー2.0」を装った犯人たち(実際はGRUの工作員)は、「トランプ選対の上級幹部と定期的に接触していた人物」に対して、「返事をくれてありがとう。私が先に掲載した文書のどこかに何か興味深いことはありますか」と伝えたと記している。

「グッチファー」とは実在のルーマニア人ハッカー(本名マルセル・レヘル・ラザール)のことだ。彼はクリントン夫妻の「取り巻き記者」の一人、シドニー・ブルメンソールが国務長官当時のヒラリーに送付したメールをハッキングした事件の犯人で、逮捕されて、米国に送還された。GRU工作員はそれに「2.0」を加えて、自分たちの偽名として使ったとみられている。

また「トランプ選対の上級幹部と定期的に接触していた人物」も実在の人物で、選挙コンサルタントのロジャー・ストーンのことだと多くの米メディアは伝えている。ストーンはトランプ選対の「トリックスター(ペテン師)」(米週刊誌『ニュー・リパブリック』)とも呼ばれたが、その後別件で逮捕された。ストーンはロシアのハッカーたちと情報公開サイト「ウィキリークス」の間の連絡役とみられている。前述したように、ハッキングで漏洩したDNCのメールをサイトで公開したのはウィキリークスだった。

■娘婿クシュナーが会っていた疑わしい人物

トランプの娘婿、ジャレド・クシュナーもロシア側と再三接触している。2016年4月と12月にキスリャク駐米ロシア大使、12月にはロシア国営「対外経済活動銀行(VEB)」のセルゲイ・ゴルコフ総裁と会談している。ゴルコフは連邦保安局(FSB)のスパイ養成大学と言われる「FSBカデミー」を卒業後、プレハーノフ経済大学で修士号を取得した。

ゴルコフの経歴で疑問があるのは、かつてロシアに存在した大手石油会社「ユコス」に入り、副社長まで務めたことだ。ユコスの最高経営責任者(CEO)ミハイル・ホドルコフスキーはプーチン大統領と対立、巨額の脱税事件などを追及されて逮捕・起訴され禁錮8年の判決で服役、ユコスは破産宣告を受けて、国営石油会社ロスネフチに吸収された。

クレムリンおよびFSBと関係が深いゴルコフがユコスで何をしていたか。反プーチンとして知られるCEOおよびユコスの内部情報を、FSBに通報するスパイだった可能性もある。

■ロシアの工作を実行する金融機関

VEBはクレムリンの戦略的工作を実行する金融機関とみられる。米国ではVEBのニューヨーク支店次長が2015年、米政府の秘密情報入手を謀り逮捕される事件が起きている。

ウクライナでは2004年の「オレンジ革命」で親欧米政権が誕生したが、これに対してVEBはウクライナの銀行部門に5億ドルを投入、さらに大手鉄鋼2社に対して約80億ドルを投資し、4万人の雇用を維持した。その効果があって2010年の大統領選挙では親露派のヤヌコビッチ大統領が勝利した。その後これらの投資が不良債権化し、ヤヌコビッチ政権は2014年に打倒される結果となった。

クシュナーとゴルコフが何を話し合ったかは、まったく明らかにされていない。ゴルコフはこの訪米では、JPモーガン・チェイスなど米大手行トップと会談している。米国の対ロシア制裁に関する情報収集が会談の目的ともみられている。

『ワシントン・ポスト』によると、ゴルコフはVEB関連会社の所有機で2016年12月13日ニューヨーク着、翌14日は日本に向かい、プーチンが来日した15日に日本に着いた。日本側とは北方領土をめぐる日露経済協力計画への参加について話し合ったとみられる。日本政府はゴルコフが情報機関に関係する人物だと認識していたのだろうか。

■ロシアでの講演で4万5000ドルもの謝礼

オバマ政権時に国防情報局(DIA)長官で、トランプ候補の外交・軍事顧問を務めたマイケル・フリンについても不審な行動が表面化した。フリンはキスリャク駐米ロシア大使と度々会談。DIA長官離任後、ロシアにリクルートされたかと思えるほど、親露派としての行動が目立った。2015年12月には訪露し、ロシア国営メディア「RT」で講演して4万5000ドルもの高額の講演料を得た上、プーチンも出席した夕食会に出席した。

米大統領選挙でトランプが勝利した後、オバマ政権は12月29日、ロシアの介入に対して制裁を発表、外交官らに偽装した35人の在米ロシア・スパイの退去を要求した。これを受けてカリブ海で休養中のフリンはキスリャク大使に電話し、トランプは「3週間後に政権に就くので、過剰な対応をしないでほしい」と要請、ロシアはその説得に従った。米情報当局はフリンの電話を盗聴、監視していた。

このほか、トランプ選対の本部長をしていたポール・マナフォートは特別検察官の捜査対象となり、多額の収入未申告、米国に対する謀略、1800万ドル以上のマネーロンダリング(資金洗浄)など12の罪状で収監され、服役した。マナフォートは親露派ウクライナ人グループのロビイストをしていた。

■「共謀」を立証することはできなかった

「ロシア疑惑」に関する特別検察官の捜査では、31人と3企業が起訴され、100件以上の犯罪が立件された。しかし、2019年3月に公表された捜査報告書では、ロシアとトランプ陣営の「共謀」を立証することはできなかった。トランプ陣営の人物らの立件内容はすべて、米露の「共謀」の事実などではなく、「偽証」などの別件の犯罪だった。

報告書は全448ページのうち40%、178ページになお黒インクで消された非公開部分がある。奇妙なことに、前後の脈絡から見て、ロシア情報機関による「アクティブ・メジャーズ」に関するとみられる記述が多い。アクティブ・メジャーズは米情報機関の「秘密工作」に相当する。殺人など暴力が伴う「濡れた工作(wet affairs)」、謀略情報の流布やプロパガンダ、戦略情報リークなどは「乾いた工作(dry affairs)」と呼ばれている。米国が被害者となったこの「ロシア疑惑」の工作は後者である。

■最も重要なツールはSNSの「武器化」

ロシアのアクティブ・メジャーズを迅速に探知していながら、プーチンが望んだトランプをやすやすと当選させた米インテリジェンス・コミュニティには敗北感が漂った。

実は第一期トランプ政権発足後もロシアは工作を続けていた。そして今も「ロシア側はわれわれと闘っている」とダニエル・ホフマン元CIAモスクワ支局長は米外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版で警告している。

もう一つの米外交誌『フォーリン・アフェアーズ』2019年5/6月号では、マイケル・モレル元米中央情報局(CIA)副長官らが「米国の情報機関はソーシャル・メディア(SNS)の『武器化』というロシアの最も重要なツールに気付いていなかった」と、大失敗を指摘している。

元副長官によると、ロシアが米国の選挙システムの土台に打撃を与えるために工作を開始したのは2012年のことで、2014年には実行段階に入ったという。米情報機関の内部では、ロシア情報機関がSNSを利用していることは周知の事実だった。しかし米国に対してもSNSを使用していたことを探知するまでには、発生から4年もかかった。つまり、2018年になって初めて知ったというのだ。米国内で使われているSNSを監視する情報システムが米情報機関にはなかったという。

■1億2600万人に届いたロシア情報機関のメッセージ

米上院情報特別委員会が2018年に発表した報告書で、「ずっと大規模な形でロシアはSNSを操作する工作を行っていたことが分かった」という。ミュラー特別検察官も2018年になって、ロシアの工作機関「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」に対する捜査を行った。特別検察官は、フェイスブック、ツイッター(現在のX)、グーグル、ユーチューブ、インスタグラムなどが「ロシア人の使用」を確認したアカウントでIRAが行った投稿を分析した。その結果、すべてトランプ大統領に恩恵をもたらそうとする内容だった。銃砲所持や移民問題で「保守派を活気づけ」、リベラル系米国人の活力を奪うことを目的にしていたという。

IRAが設けた20のフェイスブックのページは3900万の「いいね」、3100の「シェア」が付き、1億2600万人に届いたと言われる。これほど多くの米国民にトランプ支持を訴えることができた工作の方が、サイバー攻撃より効果的だったに違いない。

■2014年から始まっていた対米SNS工作

ロバート・ミュラー特別検察官が2019年3月に公表した「2016年大統領選挙へのロシアの干渉に対する捜査報告書」に、IRAが行った米国のSNSに対する秘密工作の経緯が明記されている。

IRAはプーチンの側近で「プーチンの料理人」と言われた実業家、エフゲニー・プリゴジン(2023年8月、搭乗するビジネスジェットの墜落で死亡)が2012年に創設した。プリゴジンは1961年、レニングラードに生まれ、若い時は犯罪を繰り返し、1981年に懲役12年で服役。ソ連崩壊後、カジノやレストランを開業して、同郷のプーチンと知り合った。2012年ロシア軍に食料を卸し、利益を得てIRAを設立した。

IRAは2014年の時点で、職員600人以上、年間予算1000万ドル(約15億円)の規模に達した。この組織は実際には「トロール」と呼ばれる工作を展開した。トロールとは、虚偽の陰謀説をSNSに書き込んで、大量に拡散させる工作の拠点のことを言う。IRAはまさに、虚偽の陰謀説などをSNSに書き込み、大量に拡散する工作の拠点なのだ。実際はプーチンのプロパガンダ工作の一翼を担った「民間情報機関」と言えるだろう。

対米工作は大統領選挙の2年前、2014年から開始した。アレクサンドラ・クリロワ、アンナ・ボガチョワの2人のIRA女性工作員が2014年6月4日、米国に入り、アメリカ人になりすました多数のSNSのアカウントを確保した。

■ラストベルトを標的に「トランプ応援」メッセージを流布

選挙年は、フェイスブックでは2016年4月から11月の間に、特に中西部の「ラストベルト」(錆びついた工業地帯)と呼ばれるミシガン州、ウィスコンシン州、ペンシルベニア州などの有権者に向けてトランプを支援し、ヒラリーの名誉を傷つける次のような寄稿を流した。例示しておきたい。

「ドナルドはテロの打倒を求める。ヒラリーはテロのスポンサーだ」
「トランプは良き未来へのわれわれの唯一の希望」
「オハイオはヒラリーの投獄を望んでいる」
「ヒラリーは悪魔だ。彼女の犯罪とウソは彼女がどれほど悪いか証明している」

こうした主張が1億人を超える購読者に閲覧された。

■分断の拡大を狙ってBLMデモを扇動

米国では2013年以降、黒人が警察官に殺された事件をきっかけに、「ブラック・ライブズ・マター」(BLM、黒人の命は大切だ)というシュプレヒコールで人種差別に反対する運動が広がった。「反トランプ」の運動に重なるとみられていたが、実はBLM運動にもロシアが一時期関与していたことが特別検察官の捜査で分かった。

全米の主要都市に拡大したこの運動をボルティモアで主催した「ブラックティビスト」という組織のSNSのアカウントは、ロシアの秘密工作の一環として設置されていた。つまりロシアは、反トランプ系グループも扇動していたのだ。

トランプ当選から4日後の2016年11月12日、ニューヨークではトランプへの抗議デモが行われた。SNSの投稿を6万1000人がシェアして街に出たが、BLMのグループもこれに参加したようだ。

ロシアは明らかに、大統領選挙への介入を超えて、さらに米国社会の対立を深刻化させ、分断を拡大するプロパガンダ工作をしていたことになる。

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春名 幹男(はるな・みきお)
国際ジャーナリスト
1946年京都市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て、ワシントン市局長。2007年退社。07~12年名古屋大学大学院教授、同特任教授。10~17年早稲田大学大学院客員教授。『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(KADOKAWA)『仮面の日米同盟 米外交機密文書が明かす真実』(文春新書)など著書多数。

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2017年1月20日、第一次トランプ政権の発足にあたり、聖書に手を置いて就任宣誓を行うドナルド・トランプ大統領(画像=The White House/CC-PD/Wikimedia commons)

(出典 news.nicovideo.jp)

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