【国際】戦車急造いまから間に合う? 自動車メーカーなど工場転換へ トランプ大統領も不満あらわな欧州事情
【国際】戦車急造いまから間に合う? 自動車メーカーなど工場転換へ トランプ大統領も不満あらわな欧州事情
ロシア・ウクライナ戦争を経て、ヨーロッパでは自動車メーカーや鉄道車両メーカーが戦車の生産を始めようとしています。2010年代初頭の“雪解け”が一変した今、軍需企業の戦車製造ラインを停止したツケが回ってきている模様です。
民需を軍需生産に転用する動きが活発に
今から15年ほど前のヨーロッパは平和の絶頂期にあったといえる状況でした。例えば戦車発明国のイギリスは2009(平成21)年、戦車製造ラインを廃止したほか、翌2010(平成22)年には、モスクワの赤の広場で開催された対独戦勝記念パレードにアメリカ軍、イギリス軍部隊が初めて参加するなどしており、それから約10年後にロシアがウクライナに侵攻するなど思えないほど、融和ムードが漂っていました。
そのため、戦車のような高コスト・高性能兵器はもう不要になったとして、オランダは2011(平成23)年に、ベルギーは2014(平成26)年に相次いで戦車部隊を廃止。防衛産業は斜陽となり、その分野の企業は統合再編や民需転用で細々と糊口をしのいでいる状況だったのです。
しかし時代の空気は変わっていきます。2015(平成27)年に赤の広場で開催された対独戦勝記念パレードには、アメリカ軍とイギリス軍部隊の姿はなく、代わりに新型戦車T-14「アルマータ」が登場。そして燻り続けていたロシアとウクライナの摩擦は、2022年2月24日に本格的な戦争になってしまいました。
今や2010年代初頭とは逆に、民需の生産ラインを軍需用途へと転用する動きが出ています。フランスの鉄道車両メーカーであるアルストムは、2025年2月にドイツのゲルリッツ工場を防衛機器メーカーのKNDS社に売却することで合意しました。KNDSは過去3年間で生産規模を大幅に拡大しており、2025年末までに生産数はロシア・ウクライナ戦争前から倍増すると予想されています。
KNDSは2026年中に数千万ユーロを投資して、この工場で「レオパルト2」戦車や「プーマ」装甲車を生産し、2030年代初頭には年間500両を生産する計画です。またKNDSグループは次期ヨーロッパ標準主力戦車を目指す「メイン・グランド・コンバット・システム」(MGCS)開発も手掛けています。
ちなみにアルストムは鉄道車両メーカーとして世界2位のシェアを有しており、高速鉄道の分野ではTGVを製造して各国に売り込んでいます。いうなれば、日本の日立製作所や川崎重工業が製造する新幹線のライバルで、台湾高速鉄道や韓国のKTXでは競合しています。
鉄道車両と戦車は似ている!?
戦車メーカーのKNDSがなぜ、アルストムの鉄道車両工場を買収したのでしょうか。それは比較的短期間に低コストで生産ラインが転換できるからです。
工業製品としての鉄道車両と戦車には親和性があり、大型・重量物の製造設備ということでクレーンや大型加工機械が揃っています。鉄道車両の車体や台車には溶接・鋳造技術が使われており、この治金技術は戦車製造にも応用できます。また、現代戦車の製造には高出力エンジン、トランスミッション、サスペンションが必要不可欠ですが、共通の駆動系技術も多くあります。ほかにも、鉄道車両工場は機関車や貨車の異なるモデルを組み立てる柔軟なライン設計がされていますが、これは戦車生産にも適合しやすく、設計変更や改良が頻繁に行われる戦時生産体制において有利になります。
第2次大戦では、例えばドイツであれば「ティーガー」重戦車をはじめとして各種軍用車両の開発並びに生産を担ったクルップ社やヘンシェル社が、鉄道車両や機関車のメーカーでした。対峙したソ連のT-34も機関車メーカーであるウラルヴァゴンザヴォードが生産の一端を担っています。アメリカでも、ボールドウィン・ロコモティブ・ワークスやプルマン・スタンダードなどがM3「リー」やM4「シャーマン」といった戦車の大量生産を手掛けていました。
また2025年3月、ドイツのラインメタル社のアルミン・パッパーガーCEOが、フォルクスワーゲン(VW)のオスナブリュック工場を取得して装甲車生産に転換する可能性を示唆しました。実現すればVWは第2次大戦で多用された「キューベルワーゲン」以来の軍用車生産となります。ラインメタルはすでに、自社の自動車部門工場を2つ弾薬生産へと転換しており、人材を衰退する自動車産業界から防衛産業へ転換しようとしています。
懸念はウクライナ情勢だけではない
ヨーロッパの産業界では軍需への投資が急速に行われ、EU(ヨーロッパ連合)の行政執行機関である欧州委員会は2025年3月14日、ウクライナ支援と防衛能力強化のための大規模な投資計画「Rearm Europe:ヨーロッパ再武装」を各国に対し提案しました。防衛投資のために約8000億ユーロを計上し、加盟国に1500億ユーロの融資を提供するというものです。
ただ、この背景にはウクライナ情勢と兵器不足だけでなく、アメリカが欧州安全保障から撤退する可能性、さらには欧州経済の沈下など政治経済的な要素も複雑に絡み合っています。名だたるVWやBMWなどのドイツ自動車産業は、EV政策の失敗と市場の縮小、中国との競争激化から2024年12月、期連結決算でVWが最終利益33%ダウン、メルセデスベンツが28%ダウン、BMWが35%ダウンという総崩れの状態です。さらにトランプ関税の影響も懸念され、先行きは不透明感を増すばかりです。
一方で防衛産業は斜陽産業から復活し株価も上昇しています。平和ボケ時代にも戦車製造ラインを維持し続けたラインメタルの鼻息は荒いのですが、英国のBAEシステムズ、スウェーデンのサーブ、イタリアのレオナルドなども業績を伸ばしています。
こう紹介すると「『死の商人』が戦争を煽って利益を挙げている」という論調が必ず聞こえてきますが、実際には防衛産業は、経済規模や利益率でも自動車産業や情報通信事業にはるかに及ばず、ヨーロッパの経済界は防衛産業を「儲からないビジネス」と見なして興味すら示していません。「死の商人」という言葉自体が死語同然の状況です。
今やヨーロッパ全体を合わせても、その防衛産業の規模と影響力はアメリカ一国に及びません。その規模や影響力を鑑みると、「欧州が防衛投資を軽視し過ぎていた」とトランプ大統領が不満を示すのも一理あるほどです。
そのようななか、鉄道車両や自動車工場を戦車生産に動員するという、第2次大戦時を彷彿とさせるような時代が再来するとは、皮肉でしかないといえるでしょう。
