【トランプvs.医学】”反科学”の政権が科学を殺す? アメリカ発の新興感染症で世界的パンデミックの可能性も

【トランプvs.医学】”反科学”の政権が科学を殺す? アメリカ発の新興感染症で世界的パンデミックの可能性も

この記事では、トランプ政権下での反科学的な動きが、どのように医療と科学の発展に影響を及ぼす可能性があるかについて考察しています。

トランプ政権が発足し、国立の医学、保健、衛生関連の研究・行政機関は深刻な打撃を受けている
トランプ政権が発足し、国立の医学、保健、衛生関連の研究・行政機関は深刻な打撃を受けている

事実を重んじない大統領陰謀論者の保健福祉長官、さらに究極の利益相反の政府効率化省トップが集い、その結果、彼らの矛先は医学研究に向けられた。これまで世界を牽引してきたアメリカの医学研究が、世界中を救ってきた医療機関が崩れ始めている。もしも、また新型コロナのようなパンデミックが起きたら、アメリカは? 日本は? 世界はどうなっちゃう?

【写真】トランプのもと、アメリカの医療を停止させているふたり

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■もうすでにマヒ状態の保健行政

イーロン・マスク率いるDOGE(政府効率化省)による省庁の解体や大規模リストラの嵐が吹き荒れるトランプ政権のアメリカ……。

中でも深刻な打撃を受けているのが、反ワクチン派の陰謀論者として知られるロバート・F・ケネディジュニア保健福祉長官の管轄下となった国立の医学、保健、衛生関連の研究・行政機関だ。

(左)政府効率化省のトップ、イーロン・マスクによる省庁の解体や大規模リストラで医療系の行政はマヒ状態に。(右)ジョン・F・ケネディ元大統領のおい、ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官はワクチン関連の研究を停止させている!?
(左)政府効率化省のトップ、イーロン・マスクによる省庁の解体や大規模リストラで医療系の行政はマヒ状態に。(右)ジョン・F・ケネディ元大統領のおい、ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官はワクチン関連の研究を停止させている!?

トランプ政権の発足からわずか3日後には、新型コロナ対策で活躍したファウチ博士が長年所長を務めたNIAID(アメリカ国立アレルギー感染症研究所)をはじめ、NIH(アメリカ国立衛生研究所)、CDC(アメリカ疾病対策センター)、FDA(アメリカ食品医薬品局)など、主要な国立の保健衛生機関に対して、活動や研究の一時停止、新規予算の凍結などを命じる大統領令に署名。

「特にトランプ政権が狙い撃ちにしているのが、感染症ワクチンに関する研究です。その影響はアメリカ一国だけでなく、日本も含めた世界全体の感染症研究にも深刻なダメージを与えることになるでしょう」と指摘するのは、新型コロナウイルスの研究で世界的に注目される東京大学医科学研究所の佐藤佳(けい)教授だ。

「アメリカは感染症やウイルス、ワクチンの研究でも常に世界をリードしてきました。しかし、トランプ政権の成立以降、アメリカの研究機関は予算の凍結や職員の大量解雇などにより完全にマヒ状態に陥っています。NIHのような国立の研究機関だけでなく、NIHの予算で共同研究を行なっている国内外の研究機関にも影響が及んでいます」

また、アメリカの発展途上国支援の一環として、世界各地で感染症対策も担ってきたUSAID(アメリカ国際開発局)は、イーロン・マスクから「犯罪組織」と名指しされ、事実上の解体に追い込まれてしまった。

「長年、アフリカなどでエイズなどの対策に取り組んできたUSAIDが解体されてしまい、現地では治療や感染対策が続けられなくなるなど、すでに命に関わる問題も起きています」(佐藤氏)

イーロン・マスクが、エイズ対策を行なってきたUSAIDを閉鎖させたことで、米ニューヨークでデモが起きた。「マスクも、エイズも終わらせよう」と書いてある
イーロン・マスクが、エイズ対策を行なってきたUSAIDを閉鎖させたことで、米ニューヨークでデモが起きた。「マスクも、エイズも終わらせよう」と書いてある

3月27日にはロバート・F・ケネディジュニア保健福祉長官が新たに1万人規模の人員削減を行なうと発表。その主なターゲットはNIHやCDC、薬事行政を担うFDAだといわれているが、問題はこうした大幅な人員削減や予算カットだけではない。

トランプ政権はこれらの医学・保健行政関連機関に対して外部への情報発信や論文の発表、マスコミへの取材対応を一時的に禁じる、事実上の”情報統制”も命じており、従来、これらの研究機関が公開してきた情報に他国の研究者がアクセスすることが難しくなっているという。

「現地で働く知り合いの研究者も口止めされているらしく、なかなかコメントできないようですし、最新の研究やデータが公開されないケースも増えている。

例えば今、アメリカ国内では、『高病原性鳥インフルエンザ』が哺乳類である乳牛に異例の感染拡大をしています。これが将来的に、ヒトからヒトへの感染を引き起こす変異につながり、パンデミックになる可能性はないのか、しっかりと監視する必要があるのに、肝心の米国内の情報が入ってきません。

また、アメリカは新型コロナパンデミックで、画期的なmRNA(メッセンジャーアールエヌエー)ワクチンの開発と製造を主導し、大きな役割を果たした国でもあるわけですが、それも『反ワクチン』のロバート・F・ケネディジュニア保健福祉長官の就任で一変。

今やワクチン関連の研究は完全に目の敵にされ、ワクチンに関係がなくても『mRNA』という文言が入っているだけで、研究にストップがかかる……という、とんでもない事態になっているようです」(佐藤氏)

■”反科学”が支配するトランプのアメリカ

日本を代表する感染症スペシャリスト神戸大学医学研究科教授を務める岩田健太郎氏も、このようなアメリカの状況を嘆きつつ「これは、単なる政府機関の合理化や予算削減ではなく、トランプ政権下のアメリカ社会が科学や知性、事実を公然と否定する”反科学”に支配され始めているということ」だと指摘する。

「実際は誤情報(フェイク)であっても、最後まで『真実だ』と主張し続ければ勝ち……というのがトランプ大統領の基本スタイルですが、その姿勢が、科学的な事実(ファクト)が大前提でなければならない医学や科学の世界にまで急激に侵食し始めています。

例えば、ロバート・F・ケネディジュニアがかねて拡散し続けてきた誤情報に『はしか(麻疹)、おたふく風邪、風疹(ふうしん)の3種混合ワクチンMMRワクチン)を接種すると子供が自閉症になる』という説があります。

実はこれ、1980年代イギリスアンドリュー・ウェイクフィールドという人物が『ランセット』という一流の医学雑誌に発表した論文に基づいていて、当時大きな話題を集めたのですが、その後この研究には多くのデータの改竄(かいざん)があり、しかもウェイクフィールドがワクチン副作用に関する訴訟を担当する弁護士から多額のお金を受け取っていたことが発覚。

その後の研究でワクチン自閉症にはまったく関連がないことが明らかになり、ウェイクフィールドは医師資格を剥奪され、イギリスの医学界から追放されました。

ところが、トランプ政権は感染症ワクチンの研究に次々と停止を命じる一方で、ロバート・F・ケネディジュニアが主張してきた『3種混合ワクチン自閉症の関係』について研究するよう指示したそうです。

本当に必要な研究が止められた一方で、医学的には根拠のないデタラメだと証明されている説の研究を命じられたスタッフは途方に暮れていることでしょう」

トランプ政権は、ワクチンなどの研究を停止させる一方、ロバート・F・ケネディ・ジュニアが主張する、すでにデタラメだと判明している説について研究するよう命じた
トランプ政権は、ワクチンなどの研究を停止させる一方、ロバート・F・ケネディ・ジュニアが主張する、すでにデタラメだと判明している説について研究するよう命じた

岩田氏は、こうした科学的な事実を無視するトランプ政権の動きは、アメリカ社会の一部に以前から存在していた科学や知性への憎悪が一気に表面化したものだと分析する。

「昨年の大統領選の結果を見ればわかるように、選挙に投票したアメリカ人の半数以上がトランプを支持しました。その中には、意識高い系のインテリに対して強い反発を抱き、ポリコレを忌み嫌う人たちが少なくない。

また、トランプの支持者に多いといわれるプロテスタントキリスト教福音派には、昔から進化論を強く否定するなど、”反科学”的な傾向が見られます。

そうした米国にいる、”反知性”や”反科学”の人たちの存在を追い風にして誕生したのが今のトランプ政権だと考えれば、感染症ワクチンの分野だけでなく、例えば地球温暖化などについての政策が公然と科学や事実を無視しても、彼らは問題視しないどころか、むしろ歓迎するのだと思います」

■アメリカ科学の凋落が世界に与える悪影響

アメリカの医学や科学までむしばみ始めた反科学主義のトランプ政権。前出の佐藤氏は、その影響が国内だけでなく、国際的な研究活動にも及んでいると語る。

「先日、アメリカで開かれる学会に参加しようとしたフランス人研究者が、空港の入国審査でスマホの中身をチェックされ、SNS投稿にトランプに対する批判的な内容があったという理由で入国を拒否されたという報道がありましたが、私の知り合いの日本人ウイルス研究者も先日、米国入国の際に別室に連れていかれたと言っていました。

正直、こんなことが続くと、私も『当面、アメリカには行かないでおこうかなあ』と思いますし、逆に自由な研究の場を奪われたアメリカの優秀な研究者たちの中には、国外に移りたいと考えている人も多いのではないでしょうか。

この状況を逆手に取って、アメリカが主導してきた研究分野で日本を含むほかの国々が存在感を増すチャンスととらえる手もあります。例えば、アメリカから優秀な研究者を日本に受け入れたりするというのもアリだと思います」

右のプラカードには「誰もイーロン・マスクには投票していない。DOGE(政府効率化省)を廃止せよ」、左のプラカードには「マスクを火星へ送れ」とそれぞれ書いてある
右のプラカードには「誰もイーロン・マスクには投票していない。DOGE(政府効率化省)を廃止せよ」、左のプラカードには「マスクを火星へ送れ」とそれぞれ書いてある

自身もアメリカで医学を学んだ経験を持つ岩田氏は、この状態が続けば、これまで世界をリードしてきたアメリカの学術レベルが低下することになると警鐘を鳴らす。

「アメリカはこれまで、私の専門である医学も含め、ほぼすべての科学分野で常に世界をリードする存在でした。それは単にアメリカ人の研究者が優秀だということではなく、アメリカという、質的にも資金的にも最も恵まれた研究環境に惹(ひ)かれて、世界中から優秀な研究者が集まってきたからです。

そして、その豊かな研究環境は、結果的にアメリカの国力や国際的な影響力を高めるだけでなく、そこで生み出された研究の成果で、日本を含めたほかの国々にも恩恵を与えてきました。

しかし、現政権の”反科学”的な傾向が続けば、そうした研究環境が次々と失われ、国外への頭脳流出が進むことになるかもしれません」

ちなみに、フランスはすでに「アメリカがイヤになった研究者をフランスは喜んで受け入れます!」と熱烈なラブコールを送っているという。

だが、これまでアメリカが担ってきた役割の大きさを考えると、それに代わる存在を見つけるのはかなり難しいだろうと岩田氏は指摘する。

「例えば感染症対策において、世界各地の研究を資金と体制の両面で支えてきたアメリカに代わるキープレイヤーを挙げるとすれば、おそらくイギリスか中国になるでしょうが、やはりイギリス単独でアメリカの代わりは難しい。

そうなると残るは中国ということになるわけで、”反中国”もアピールしているトランプ政権の”反科学”的な姿勢によって、結果的に中国の存在感や影響力が増すことになるとすれば実に皮肉な話です。

ただ、中国も過去にSARS重症急性呼吸器症候群)のアウトブレイクを隠蔽(いんぺい)した”前科”がありますし、新型コロナも、途中からは情報の公開を制限するようになったので、こちらもアメリカの代わりを果たせるとは思えません」

アメリカでは、鳥インフルエンザが哺乳類の乳牛に異例の感染をしている。ヒトに感染するよう変異しかねないのに、研究者は情報発信や取材対応が禁止されている
アメリカでは、鳥インフルエンザが哺乳類の乳牛に異例の感染をしている。ヒトに感染するよう変異しかねないのに、研究者は情報発信や取材対応が禁止されている

思い起こせば、約5年前、第1次トランプ政権が強力に推進した「ワープスピード作戦」によって、驚異的な速度でmRNAワクチンが実用化されたことで人類は危機を乗り越えた。

だが、第2次トランプ政権が”反科学”の姿勢を鮮明にし、コロナ禍で大きな役割を担ったアメリカの感染症研究や研究機関が大幅に弱体化してしまった今、人類が新たな感染症パンデミックに見舞われたらどうなるのか?

「アメリカは反ワクチン陰謀論者が厚生行政のトップなので、当時のような対応は難しいでしょう。仮に、新たなワクチンを開発したとしても、社会の分断で打たない人も多いでしょうから、パンデミックの制圧には、新型コロナよりも長い時間と大きな犠牲を伴うかもしれません」(前出・佐藤氏)

それどころか、アメリカは救世主よりも発生源になる可能性すらあるという。

「意外に感じる人もいるでしょうが、今もはしかノロウイルスが大流行しているなど、アメリカは感染症の多い国。今後、ヒトからヒトへの感染能力を持った”アメリカ発の新興感染症“が世界的なパンデミックを引き起こす可能性もあります。

その場合も、科学や事実に背を向けるトランプ政権は隠蔽や否認を繰り返し、深刻な事態を招いても責任を認めないでしょうけどね」(前出・岩田氏)

そんなトランプ政権も始まったばかり。今後、より侵食されていくだろう世界の医学や科学。まずは4年間、何も起きないことを祈るしかない。

取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社

トランプ政権が発足し、国立の医学、保健、衛生関連の研究・行政機関は深刻な打撃を受けている

(出典 news.nicovideo.jp)

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