【国際】フランスの下院で終末期患者の安楽死を認める法案が可決
【国際】フランスの下院で終末期患者の安楽死を認める法案が可決

安楽死を法的に認めている国は決して多くはない。特に「積極的安楽死」は2001年にオランダが初めて合法化して以来、ベルギーやルクセンブルクなどがあとに続いているが、欧米を中心に8か国に留まっている。
だが2025年5月、フランスの国民議会(下院)が安楽死を合法化する法案を賛成多数で可決した。
対象は、治る見込みのない病気により、苦痛が続いている終末期の重篤な症状を持つ患者で、フランス国籍またはフランス在住外国人の成人のみとなる。
秋に行われる上院での審議を通過すれば、フランスはヨーロッパで6番目の積極的安楽死を認める国になるという。
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安楽死の定義とは
まず安楽死の定義について説明しておこう。安楽死とは、人間や動物に対し、「苦痛のない死をもたらす行為」のことである。英語では「euthanasia」と呼ぶが、その語源はギリシャ語の「良い(eu)死(thanatos)」からきている。
安楽死にはいくつか種類があり、その分類や定義も国や自治体などの考え方によってさまざまだ。日本での一般的な認識は、以下のようものになるのではないだろうか。
積極的安楽死:
回復の見込みがなく、耐えがたい苦痛に見舞われている末期状態の患者に対して、医師あるいは看護師が致死薬を投与し、人為的に死に至らせ苦痛から解放すること消極的安楽死:
治療不可能な病気やケガで助かる見込みのない患者に対して、延命治療を中止し、緩和ケアを行いながら、尊厳を保った状態で自然な死を迎えさせること(日本では「尊厳死」とも言う)自殺ほう助:
医師が死に至る薬物を処方したり、致死薬の入った点滴を用意し、患者自身がその薬を服用したり点滴を開始して自殺するのを助けること

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フランス下院で「死の支援」法案が可決
2025年5月27日、フランス国民議会の下院(577議席)は安楽死を合法化する法案を、賛成305票、反対199票、棄権57票の賛成多数で可決した。
可決された法案は、一定の条件を満たす患者に対し、致死薬の処方を認めるものである。ただし、あくまでも患者が自ら致死薬を服用する形式が想定されている。
だが患者が自分の手で服用するのが難しい場合は、医師や看護師の助けを借りることができる。この点で「自殺ほう助」なのか「積極的安楽死」なのかが曖昧になっている点は否めない。
それもあってか、フランスではこの法案を「安楽死」ではなく、「死の支援(aide à mourir)に関する法律」と呼んでいる。
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フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、この用語について次のように説明している。
私たちは「死の支援」という用語を選びました。それが単純で人道的であり、私たちが語っていることを定義しているからです。
「安楽死」という用語は、同意の有無にかかわらず、誰かの人生を終わらせる行為を指しますが、今回の法案は明らかにそれとは違います。また、自殺を自由かつ無条件に選択する「自殺ほう助」でもありません。
この新しい枠組みは、特定の状況において、正確な基準で、医学的決定が果たすべき役割を持つ可能な道筋を提案するものです
この法案で「死の支援」の対象となるのは、以下の条件を満たす患者である。
一方で、アルツハイマー病などの認知症や、精神疾患単独の患者は対象外とされた。これは「自己決定の能力」が重要視された結果であり、法的な判断能力が疑われるケースにおいては援助死を認めないという方針が貫かれている。
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安楽死を希望する患者は、主治医にその意志を伝える書類を提出し、2日間の冷却期間を置いて、改めて決心が変わらないかを確認する。
主治医は外部の専門家を含めた医療チームを招集し、15日以内に決定を下す。安楽死を許可する場合、医師は有効期限が3か月の致死薬の処方箋を発行する。
また、ネット上の偽情報を含め、患者の安楽死を妨害する行為が行われた場合、懲役2年、罰金3万ユーロ(約490万円)が科せられるという。
フランス社会を二分する賛否両論の声
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この動きは、フランス社会における終末期医療のあり方を根本から見直す転換点であり、多くの国民が注目している。
マクロン大統領は今回の法案可決を受け、自身のXに次のようなコメントを投稿した。
緩和ケアと死の支援の発展に関する条文が、国会で採決されたことは、重要な一歩です。お互いの感受性や疑問、希望を尊重しながら、私が望んでいた尊厳を持った友愛の道が徐々に開かれつつあります

この法案をめぐっては、議会内外で激しい議論が巻き起こっている。支持派は「個人の尊厳ある死の選択」を強調する一方、反対派は「生命倫理の一線を越える危険な試み」だと警鐘を鳴らす。
自殺を禁ずるカトリックの伝統が根強いこの国では、宗教界を中心に反対を表明する人々も多い。
また、自殺を大罪とするイスラム教徒の移民が多い点も、宗教的な観点からの問題を複雑にしているようだ。
カトリックのエリック・ド・ムーラン=ボーフォール大司教は、この法案は人間の尊厳を愚弄するものであるとして、以下のように述べている。
殺人は、兄弟愛や尊厳の選択であってはなりません。それは見捨てられ、最後まで助けを拒否するという選択です。この罪は、私たちの社会で最も弱く、孤独な人々に重くのしかかるでしょう
ヨーロッパで進む安楽死の法制化
実はフランスでは2016年に、「クレス・レオネッティ法」という、終末期医療に関する法律が制定されている。
これは一部の終末期患者に対し、延命治療を停止して、死に至るまでの持続的な深い鎮静(CDS)を行う措置を認めるものだ。
そこには明確に死をもたらす意図は含まれておらず、あくまでも尊厳死を認める法律である。積極的安楽死は、フランスではずっと違法とされてきたのだ。
その一方で、周囲では積極的安楽死を合法化する国が少しずつ増えている。2025年5月現在、積極的安楽死を認めている国は以下の通りである。
オランダに続き、2002年から安楽死を合法化したベルギーでは、国外からの「安楽死ツーリズム」が増えて問題になっている。
また、積極的安楽死を認めていないスイスでは、自殺ほう助は合法であり、外国人もこの法律の下で死を選ぶことが可能である。
スイスでは年間1,500人以上がこの法律による死を選んでいるといい、2021年と2022年には日本人もスイスで自ら最期を迎えたことが知られている。
フランスと国境を接するこの2国には、フランスから安楽死を求めて訪れる患者がとても多いのだという。

安楽死の法制化を求めるフランス人が作る、「尊厳死の権利協会(ADMD)」のステファン・ジェンマニ氏はこう語る。
私たちは何十年もこれを待ち望んできました。フランスが他のヨーロッパ諸国と着実に足並みを揃えてくれることを願っています。
人々を(安楽死のために)ベルギーやスイスに行かせ、大金を支払わせるなんて、現状は全く間違っています。
この進展が未完の約束ではなく、共和国の勝利となるように。希望はあります。それを育むのは私たちの責任です。
尊厳を持って死ぬ権利を、私は確信を持って支持します。それは何も強制せず、枠組みを提供し、安心感を与えます。誰もが自分の主権を取り戻すことを可能にするのです
先進国に共通する終末期医療への課題とは
日本では現在のところ安楽死は違法であり、尊厳死がようやく社会の認知を得てきたといったところだ。
厚生労働省の指針では、患者の延命治療の中止や緩和ケアの重要性が語られているものの、「死をもたらす医療行為」については依然としてタブー視されている。
その一方で、超高齢社会を迎える中、医療リソースの限界や患者や家族の精神的・経済的負担の増大から、「尊厳ある死」を望む声は年々強まっていると言えるだろう。
それは先進諸国に共通する問題でもあり、安楽死の合法化に向けた今回のフランスの動きが、他国にも影響を及ぼす可能性は否定できない。
今回、フランスでこの法案が通った背景にも、高齢化やそれにともなう慢性疾患の増加、高額な医療費など、さまざまな問題があるという。
また「自分の死に方は、自分で決めたい」という意識が、若い世代も含め、フランス国民の間に広がっているようだ。
フランスでは9月以降、上院でこの法案が審議される予定だ。上院を通過後は再び下院での審議が待っており、実際に施行されるのは、早くても2028年以降になると言われている。
References: French assisted-dying legislation on way to becoming law[https://ift.tt/LJ7zmobFrance-assisted-dying-bill-passes-first-stage/4171748421672/] / France’s National Assembly votes in favour of legalising assisted dying[https://ift.tt/dy6LzKEfrench-parliament-prepares-to-vote-on-legalising-assisted-dying]
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。
