【国際】「クビ切りイーロン・マスク」だけじゃない…トランプ大統領の暴走を加速させる「忠実な閣僚たち」の顔ぶれ
【国際】「クビ切りイーロン・マスク」だけじゃない…トランプ大統領の暴走を加速させる「忠実な閣僚たち」の顔ぶれ
■Twitter社を消したイーロン・マスク
トランプの政権人事を見ると、その本質が浮き彫りになります。トランプ政権を象徴する人物と言えば、政府効率化省(DOGE)を取り仕切るイーロン・マスク氏と、副大統領のJ・D・バンス氏です。
マスク氏は電気自動車メーカーのテスラやロケット開発企業スペースXのCEO(最高経営責任者)です。2021年に、連邦議会議事堂襲撃をあおったトランプのアカウントを凍結したTwitter社を買収しXに改称、トランプのアカウントの凍結を解除しました。
買収時、Twitter社には8000人の従業員がいましたが彼らのうち6000人近くを解雇。残った2000人も、その中にいたマスク氏に批判的な社員をリストアップし、全員クビにしています。自身に絶対的な忠誠を誓わない社員は容赦なくクビにするというのがマスク氏のやり方です。
■晴れ舞台で「ナチス式敬礼」?
マスク氏がトランプ政権の一員となったことで、テスラの株が急落し、一時は4割ほども株価が下がったといわれています。それを見たトランプは、テスラを支援するため「新しいテスラ車を1台購入する」と表明するパフォーマンスを見せました。アメリカ国内やヨーロッパで広がる不買運動については、「極左の狂信者が違法にテスラをボイコットしている」と非難しています。
大統領就任行事で、マスク氏はナチス式敬礼とも見られるポーズをして物議をかもしました。マスク氏本人はこのジェスチャーに関する批判を一蹴し、意図的なナチス式敬礼ではないと強く否定しています。欧米社会においては、ナチスやファシズムと関連付けられる行動は重大な社会的反発を招き、政権の正当性や信頼性を損なう恐れがあります。
マスク氏は、期限付きの政府効率化省の特別政府職員としての任期を終え、実業界に復帰しました。政権を離れた後も、トランプとの強い結びつきは維持されるでしょう。おそらく「非公式アドバイザー」のような立場で影響力を保ち続けると考えられます。
■副大統領はエリート嫌いの「番犬」
副大統領のバンス氏は、過酷な家庭環境から海兵隊へ進みます。軍を退役すると奨学金が得られるので、その資金でイエール大学に入り、弁護士になりました。彼の著書『ヒルビリー・エレジー』にはそうした生い立ちがつぶさにつづられています。とても胸を打つ作品を書いた人が、どうして「トランプよりもトランプらしい」と言われるほどの振る舞いをするようになったのでしょうか。
彼は本を出した後、共和党から選挙に出て上院議員になりました。当初はトランプに批判的だったのですが、副大統領候補を選ぶあたりから急に支持に転じ始めたのです。トランプの懐に転がり込んで、見事、副大統領になりました。
また、バンス氏は多様性を重視するヨーロッパにも批判的です。イギリス・ロンドンの市長はパキスタン系イギリス人でイスラム教徒のサディク・カーン氏ですが、彼に対してバンス氏は「イギリスは核を持ったイスラム教徒の国になった」などと述べていました。これに対しては、党を超えてイギリス政界から抗議の声が上がりました。
バンス氏は常に高圧的・攻撃的です。トランプとウクライナのゼレンスキー大統領の初会談の前に大統領執務室で行われた対面の場でも、バンス氏はゼレンスキー大統領に対し「無礼だ」などと食ってかかり、その場面が世界に報じられました。こうした振る舞いから、バンス副大統領は「トランプ政権の番犬」「攻撃犬」などと揶揄されています。
■「トランプよりトランプらしい」閣僚たち
この二人は特に強烈ですが、その他の閣僚も驚くような顔ぶれです。
こうした閣僚の特徴を見ると、「ミニ・トランプ」的な発言や行動をする閣僚が目立ちます。過去に物議を醸す発言や行動をした、リスクの高い人物が多数です。そろって既存の政府機関を再編・縮小する方針を掲げているというのが共通の特徴です。
閣僚たちが「トランプよりトランプらしく」振る舞おうとする現象は、政策の極端化をもたらします。トランプの発言や政策がすでに物議を醸すものであるにもかかわらず、その側近たちはさらに過激な言動や政策を展開しようとします。
■トランプが第一次政権で見つけた「敵」
これは、トランプが側近たちを互いに競わせる手法を取っているためです。誰が最も「忠実」で「トランプらしい」かを競わせることで、側近たちは自分の地位を守るために過激化していきます。この結果、政策決定が合理的な判断ではなく、「誰が最もトランプに気に入られるか」という基準で行われるようになります。
このような状況では、冷静な議論や多様な意見の検討が行われず、政策の質が低下する恐れがあります。また、国際関係においても、外交的配慮よりも「強硬姿勢を見せること」が優先され、同盟国との関係悪化や国際的な孤立を招く可能性があります。
なぜ、トランプはここまで政府機関を憎み、人員削減や規模縮小に突き進むのでしょうか。第一次政権でトランプは「本来もっといろいろやれたのに、官僚組織が邪魔をした」と語っています。だから、今回は、官僚組織そのものを縮小するか、入れ替えてしまえばいい、と考えているようです。
国際政治学者のイアン・ブレマー氏が率いるユーラシアグループが、次のように指摘しています。
「第二次トランプ政権は、行政権力を強化し、チェック・アンド・バランスを弱め、法の支配を弱体化させる措置を取るだろう。トランプは、障害とみなす数千人の公務員を更迭し、経験の浅い忠実な職員を引き入れて連邦政府機関を支配しようとするだろう。閣僚の多くは共和党幹部となるだろう」
■「自分に従わない機関を弱体化させる」
トランプがかねて自分の意に沿わない政策を実行する政府職員や政府機関を「ディープステート」(政府内の隠れた権力組織)と呼んで敵視してきたことや彼を支持するシンクタンクなどの影響があると言われています。
同時に、トランプ政権が単一行政理論を重んじているがゆえだとする指摘もあります。単一行政理論とは、ドイツの法学者カール・シュミットが提唱したもので、三権分立などによって権限を分散し相互監視する体制を取るのではなく、大統領が一手に国家権力を握ることで政策決定の手順が簡素化され、スピーディーに大統領の意向を強く反映できるようになるというものです。
一見すると「小さな政府」を目指す共和党の伝統的な政策のように見えますが、その実態は異なります。本来の「小さな政府」は効率性や財政規律を重視するものですが、トランプ政権の場合は「自分に従わない機関を弱体化させる」という意図が見え隠れします。
■司法長官はトランプ弾劾裁判の弁護人
《トランプが起用した主な顔ぶれ》
国防長官:ピート・へグセス
44歳で就任。FOXニュース(保守系メディア)の元司会者。女性への性的暴行疑惑で捜査対象だったことで、上院で51対50の僅差で承認された。
多様性推進に反対で、DEI(多様性・公平性・包括性)推進者を解任している。DEIを推進したとして、黒人のチャールズ・ブラウン統合参謀本部議長を解任。女性兵士の戦闘参加に反対。イエメンのフーシ派攻撃計画をチャットアプリで外部のメディア関係者に共有する失態を演じた。機密情報を扱う外国閣僚との会合に妻を同席させるなど公私混同も問題となった。
司法長官:パム・ボンディ
フロリダ州で司法長官経験があり、「最もトランプに忠実」と評される人物で、トランプの弾劾裁判で弁護人を務めた。連邦議会議事堂襲撃事件捜査の検察官とFBI捜査員を多数退職に追い込む。
■「FBI解体」を訴えるFBI長官
国務長官:マルコ・ルビオ
2016年大統領選でトランプと中傷合戦を繰り広げた相手だが、後にトランプと和解し、対中外交などでアドバイス。キューバ移民の両親を持つ(初のヒスパニック系国務長官)。駐米南アフリカ大使に「ペルソナ・ノン・グラータ」(※)をSNSで突き付けた。
※好ましからざる者(PNG)の意。外交官に使う用語で、PNGに指定されると国外退去となる。
FBI長官:カシュ・パテル
「FBI解体」を持論としてきた。上院で51対49の僅差で承認。
反ワクチン的姿勢で知られるが、公聴会では「ワクチンは極めて重要」と姿勢を軟化。FDA(食品医薬品局)、CDC(疫病対策センター)などの政府保健機関の再編と職員削減を発表。「Make America Healthy Again」を掲げる新機関設置を発表。FDA幹部のピーター・マークス氏を辞任に追い込む。
■共和党のパトロンが教育省長官に
元サウスダコタ州知事。自伝に「1歳の子犬を銃殺した」「飼っていたヤギも射殺した」と記述していたことで物議。不法移民に厳しい姿勢を示し、「不法移民の流入は『侵略』」「米国とメキシコの国境は『戦争地帯』」と主張。
女性初の大統領首席補佐官。大統領選の選挙対策本部長を務めた「懐刀」。表に出ず「裏方」に徹する。
27歳で史上最年少の就任。トランプ銃撃時に出産4日後で復帰。トランプへの忠誠心が高いといわれる。「誤報を出したメディアを名指しで批判する」と発言している。
第一次トランプ政権で中小企業庁長官を務めた。プロレス団体WWE共同創設者で、共和党の大口献金者。トランプ就任後すぐに教育省職員を4133人から2183人に半減させる方針を示した。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京科学大学特命教授など。6大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる 池上流新聞の読み方』『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』など著書多数。
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ジャーナリスト
1964年、神奈川県生まれ。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。テレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」でコメンテーターとして活躍。著書に『揺れる移民大国フランス』『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』など多数ある。また池上彰氏との共著に『歴史と宗教がわかる!世界の歩き方』などがある。「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」でもニュースや歴史をわかりやすく解説している。
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