【国際】トランプの真の狙いはノーベル平和賞!? ”仲良し”イスラエルを黙らせてまで、”宿敵”イランとの核合意に乗り出すワケとは……?
【国際】トランプの真の狙いはノーベル平和賞!? ”仲良し”イスラエルを黙らせてまで、”宿敵”イランとの核合意に乗り出すワケとは……?
2020年4月、イランのイスファハンで行なわれた反米集会は盛り上がっていた
今年5月、トランプ米大統領は中東で大型ディールを取りつけながら”宿敵”イランとの核交渉も進めていた。交渉の結果は「決裂せず継続」だったが、もしかしたらこれは歴史的な関係改善の始まりかもしれない!? 成功すればトランプ大統領がノーベル平和賞受賞!?
【写真】テヘランの反米博物館(旧米大使館)はただの観光地と化していた
■イランの根底に流れる反米感情
かつて、アメリカが「悪の枢軸」とまで呼んだイランに、ドナルド・トランプ大統領が手を伸ばしている。
今年5月、中東全体を巻き込み、2兆ドル超の巨大ビジネスディールを取りまとめたトランプは、並行してイランの核開発阻止に向けた交渉を進め、5月23日にローマで行なわれた第5回米イラン核問題協議は「決裂せずに継続」という形で幕を閉じた。
一見、何も進んでいないようにも思えるが、国際政治アナリストの菅原出氏は「継続で終わったのはいいニュース。これは歴史的な合意に至る可能性もある」と語る。
「決裂しなかったということは、お互い交渉に前向きな証拠です。それでも『継続』で終わってしまったのは、両国内からの反発を恐れたためでしょう。1980年から断交していますから、反米・反イランの構造で儲かる権益ができてしまっているんです」
依然、緊張状態だが、そもそもなぜイランとアメリカは敵対関係にあるのか?
「話は53年にさかのぼります。当時、イランの民主主義的なモサデク政権がソ連に接近していたのを見たアメリカが、『共産化の恐れ』を理由にCIAを使って政権転覆。その後、アメリカが復権させたパーレビ国王が独裁したことで、イランでは『アメリカに民主主義を潰された』という記憶が残っているのです。
そして79年のイスラム革命で、ホメイニ師を中心とした宗教勢力がパーレビ国王を打ち破ると、『アメリカの傀儡政権を倒した』という強烈なナラティブが、その後のイランを支えていきます。
というのも、王政崩壊から9ヵ月後に、テヘランのアメリカ大使館をイランの学生たちが占拠し、1年以上にわたって人質を取る事件を起こしたのですが、ホメイニ体制はこれに対する支持を表明したのです。この対米強硬姿勢が、まだ脆弱だった新政権の求心力になったものの、これをきっかけにアメリカとイランは国交を断絶しました」
そして、そんな反米感情が再び大きく燃え上がったのが、第1次トランプ政権下で起きた事件だった。
「2020年1月3日、トランプ政権はドローンによって、イランのイスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官を暗殺したのです。イランは報復として、イラクにある米軍基地に16発の弾道ミサイルを撃ち込みました」
一触即発の空気が漂ったものの、戦争にはならなかった。
「イラン側は本気で戦争をするつもりはなかったはず。攻撃の前に事前通告を行なっており、米軍側に死者は出ていません。そのため、トランプ政権も再報復せず、戦争には発展しなかったのです」
とはいえ、イラン国民の反米感情は最高潮だった。
■イランの街から反米の空気が消えた!?
そんな時期にイランに入ったフォトジャーナリストの柿谷哲也氏は当時を振り返る。
「ソレイマニ司令官暗殺の直後、イラン国内では反米デモが頻発していました。私は暗殺事件から1か月後の2月、反米集会が行われていたイスファハンの世界遺産イマーム広場を訪れました。老人から子供まで宗教指導者の演説に熱狂する市民の強い反米感情を目の当たりにしました」
そして今年、柿谷氏はこの4月に首都に入った。
「国軍パレードで昨年ロシアから購入した最新鋭戦闘機Su35が参加する可能性がありましたが、空軍機どころが、軍事パレードの華である弾道ミサイルの参加もありませんでした」
街の様子もおかしかった。
「数年前のような反米デモを見ることはなく、若い女性たちはヒジャブ(ムスリムの女性がまとう頭部のスカーフ)すら着けていない。若者は、私が外国人だとわかると、『マクドナルドを食べたことはあるか?』『KFCは?』と目を輝かせて話しかけてきました。今や、アメリカ文化への憧れが広がっている印象でした」
テヘランの反米博物館(旧米大使館)はただの観光地と化していた
革命家をたたえる展示では、毛沢東、ガンジー、坂本竜馬らの肖像が飾られる
イランの街から反米の空気が消えたことについて、前出の菅原氏は、イラン最高指導者のハメネイ師が「反米デモをするな」というお触れを出している点を指摘する。
「アメリカに科されている経済制裁によって、イラン経済は危機的状況にあります。というのも、イラン産原油を輸出しようにも、ドル決済ができないため、取引がほぼ不可能な状態なんです。今、買っているのは中国くらい。
しかも、過去に日本や韓国などが購入した原油の代金すら、制裁によってイランに支払われておらず、海外の銀行に凍結されたまま。
そんな中で反米をあおるデモをやられて制裁強化となればさらに困窮します。現大統領のペゼシュキアン氏はアメリカと交渉できるようにするためにも、若者の〝ガス抜き〟を重視しており、あえてヒジャブ着用義務の緩和なども進めているのです」
反米感情はここ数年で急速に弱まっており、対米勝利記念公園も工事の途中で中止に
イラン側がアメリカと交渉を望む理由はほかにもある。15年にオバマ政権が取りつけた「イラン核合意」の一部条項が、今年10月に失効を迎えるためだ。
「これが失効してしまうと、アメリカよりも前に科されていた国連による制裁が復活する恐れがあり、イランは国際社会から完全につまはじきになってしまう。そのため、欧州の国々がイランに『早く再協議しなさい』と圧力をかけているのです」
対するアメリカにも、交渉を急ぐ理由がある。
「イランの核兵器保有が現実味を帯びてきているのです。イランは現在、60%の高濃縮ウランを保有しており、IAEA(国際原子力機関)は『核兵器6、7個分に相当する量』と警告しています。
90%まで濃縮すれば、核兵器の製造は目前。技術的には60%を90%にするのは数週間あれば可能でしょう。アメリカとしては、核を保有されるくらいなら経済制裁を解いてもいいと思っているはず」
加えて、トランプ大統領には個人的なモチベーションもある。サウジアラビアだ。
「トランプ大統領が仲良くしたいと思っている、経済力も将来性もあるサウジから、イランとの関係構築をお願いされているのでしょう。サウジにとって、地域の安定は自国の経済戦略に直結するため、イランの暴発は絶対に避けたいのです。
その証拠に、サウジは『トランプが来たときにイラン高官との会談をアレンジしようか』といった書簡をハメネイ師に送っており、関係改善のサポートに乗り出しています」
今年5月、トランプ大統領はサウジ、UAE、カタールを歴訪し、防衛やインフラ、IT分野を中心に約2兆ドル規模の対米投資契約を締結
このように交渉すべき理由は多いが、反対派がそれを邪魔する。
「トランプ支持者の一部はユダヤ系の新保守主義、つまり親イスラエル・反イランなので関係改善を望んでいない。この点で見れば、MAGAの人々のほうが経済的に合理的な関係改善には前向きなので、トランプ支持者の間でも立場が分かれるところです。
一方、イラン国内でも、かつての革命を経験した高齢者の間では反米感情は根強い。一気に交渉を進めると、彼らの猛反対を食らうので、段階的に進める必要があるのです」
さらに、最大の障害となるのが、イスラエルの存在だ。
「イランとの核交渉がさらに進めば、イスラエルは黙っていられない。トランプ大統領はそれを危惧し、第5回米イラン協議の前日にイスラエルのネタニヤフ首相に電話し、『今は軍事行動はダメだ』と伝えたといわれています。
イスラエルがそれで引くかどうかは不透明ですし、工作などは仕掛けてくるでしょう。ただ、歴代大統領の中で最も親イスラエルなトランプ大統領ならば、ネタニヤフ首相も言うことを聞く可能性はあります」
イスラム革命聖戦博物館の館内にも過去の米軍からの攻撃などの展示コーナーは多い。かつては撮影を咎めれられなかったが、今回は撮影禁止であった
こうした交渉を進めているトランプ大統領だが、最終的な目標は、サウジとイスラエルの関係を正常化させ、一方でアメリカはイランとも核合意を結ぶという〝大団円〟だ。
「トランプ大統領は15年のオバマ政権による核合意を『イランに甘すぎる』と強く批判し、自ら18年に一方的に離脱しましたが、心の底では『オバマ氏を超えたい』という気持ちがあるはずです。
中東における関係正常化ができれば、オバマ氏を超える歴史的合意になる。トランプ大統領は頭の中で『ノーベル平和賞は俺のものだ』とでも思っているでしょう」
長く不安定な歴史をたどってきた中東地域が、ひとりの男のノーベル賞欲しさで安定する……かもしれない?
トランプ大統領と握手するサウジアラビアのムハンマド皇太子。中東の安定が自国の経済成長に直結すると考え、米イランの仲介役も買って出たとされる