【社会】モーリー・ロバートソンの指摘。核戦争よりも世界が警戒すべきは「ロシア発の大混乱」?
【社会】モーリー・ロバートソンの指摘。核戦争よりも世界が警戒すべきは「ロシア発の大混乱」?
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、急展開を見せているロシア・ウクライナ情勢について考察する。
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このまま第3次世界大戦に突入か――そんな声まで聞こえてきます。
米バイデン政権がついに使用範囲拡大を許可した長距離ミサイル「ATACMS(エータクムス)」や、英仏が供与している長距離巡航ミサイル「ストームシャドウ/SCALP-EG」で、ウクライナ軍がロシア領内への攻撃を開始しました。対するロシアは報復として、核弾頭を搭載可能な弾道ミサイルを初めて実戦で使用。さらに核使用のドクトリンも改定しました。
こうした報道の見出し部分だけを追いかけて、"最悪のシナリオ"を想像する方がいるのも無理はないでしょう。もちろん全世界を巻き込んだ核戦争の可能性はゼロではありません――ただ、今の時点ではその可能性が飛躍的に上がったわけでもありません。
まず、バイデン政権がATACMSのロシア領内への使用を許可したのは、「トランプへの当てつけで政権末期に決断」したというより、ウクライナ軍が"逆侵攻"しているロシア西部クルスク州に、1万人の北朝鮮軍兵士が送り込まれたことへの「最低限の対抗措置」です。現状では不意打ちのような形ではなく、ロシア軍が迎撃しやすい状況を整えてから発射させていることからも、バイデン政権の配慮がうかがえます。
トランプ前政権で一時、国家安全保障問題担当補佐官を務めたジョン・ボルトン元国連大使は、ロシアの侵攻開始から1000日以上、常に及び腰だったバイデン政権の対応を"Risk Averse"(リスク回避型)と評しています。いわゆるタカ派の急先鋒で、特に対イランでは強硬な発言が目立つ人物ですが、その言動にはある種の合理性と一貫性もあり、耳を傾けるべき見方であるように思います。
ただ、つけ加えるなら、NATO(北大西洋条約機構)加盟国のリーダーたちも、誰ひとり紛争の拡大を望んでいません。そしてロシアのほうも、プーチン大統領やラブロフ外務大臣は勇ましい発言を繰り返していますが、兵力も経済も摩耗が激しく、総合的な観点から見れば「負け戦」の色が濃くなっています。
つまり現時点で想定される、核使用よりも起きる可能性が高い「世界にとっての脅威」は、"プーチンのロシア"の崩壊、あるいはそこまでいかなくとも政治・経済の急速な不安定化に伴う混乱でしょう。
自国民の人命を軽視してすり潰し続け、北朝鮮にまで頼らざるをえない戦況。危険水域に達しつつある国内のインフレ。ディスインフォメーションと国威発揚で、いつまで国をコントロールし続けることができるのか。一歩間違えれば、プーチンは自身がかつて目にした"悪夢"というべき記憶――ベルリンの壁が崩壊し、怒れる旧東ドイツの群衆――のような光景を、モスクワで目の当たりにするかもしれないのです。
そして、仮にロシアが大混乱に陥った場合、日本にとって憂慮すべき危機は「玉突き」的に発生する東アジア情勢の悪化と、その先に待つ難民問題です。
ロシアの核使用は引き続き繊細な問題であり続けますし、トランプという"ワイルドカード"がどう作用するかも予断を許しません。しかし、現時点では第3次世界大戦の危機を喧伝するよりも、その手前にあるさまざまなグラデーションのシナリオを、日本政府もメディアも真剣に考えたほうがいい。それがリスクヘッジというものです。