【社会】せっかくの賃上げムードが「トランプ関税」でパーに…アメリカの”愚策”が日本経済にもたらす恐ろしいリスク
【社会】せっかくの賃上げムードが「トランプ関税」でパーに…アメリカの”愚策”が日本経済にもたらす恐ろしいリスク
■「米国経済の独立宣言」で市場は大混乱
4月2日、トランプ大統領は全世界を対象に、相互関税の制度を導入することを発表した。発表の中で同氏は「米国の経済的な独立宣言であり、米国が再び偉大、裕福になる記念日として永遠に記憶される」と宣言した。
今回のトランプ氏の政策は、第2次大戦後続いてきた世界の自由貿易体制を根底から覆す措置といえる。一言でいえば、「米国はグローバル化の世界から“独立”し、自国第一主義を推進する」と宣言したことになる。これによって、世界の通商・貿易の体制が大きく変化するだけではなく、政治・安全保障などさまざまな点で重要な変革が起きていると理解すべきだ。
トランプ氏が、どれだけ真剣に理解しているか定かではないが、間違いなく、今後の世界情勢に重大な変化をもたらすはずだ。世界経済の成長を支えてきた自由貿易体制の終焉を一方的に宣言したといえるだろう。
しかも、今回の相互関税率を設定した手法はいかにも恣意的だ。そうした米国の一方的な関税引き上げに対し、中国、欧州連合(EU)、カナダは対抗措置をとると即時に表明した。これから、貿易戦争は激化するだろう。貿易戦争で多くの国がマイナスの影響を受ける。
■関税率の算定方法が恣意的すぎる
ただ、最大の負のインパクトを受ける国の一つは米国になるはずだ。最大の問題は、米国の中間選挙を来年に控えて、トランプ氏がどれだけ関税制度に固執するかだ。株価の下落や景気後退の懸念から、トランプ大統領が早期に関税政策を見直すことを期待したい。
相互関税は英語でReciprocal Tariffと表記する。Reciprocalとは、相手国が課する関税と同じ負担額の課税を行うことを意味する。今回のトランプ氏の相互関税率の算定には、多くの専門家から設定が恣意的過ぎるとの批判が出ている。
トランプ氏の相互関税は2つの要素からなる。一つめは、原則としてすべての国に、一律で10%の関税を課す(基礎関税)。4月5日に基礎関税は発動した。もう一つは、国・地域ごとに“上乗せ関税”を課す。主な国の相互関税率はわが国が24%、中国が34%、EUは20%だ。トランプ氏が高関税と批判したインドは26%、中国から生産拠点が移転しているベトナムには46%の相殺関税を課す。
■「コメに700%の関税」、実際は3%程度
米通商代表部(USTR)は、相殺関税設定の計算式を公表した。分子には米国の貿易赤字額を置く。分母に理論的な輸入額[輸入価格の変化に対する輸入量の変化度合い(弾性値)を考慮]を置いて割り算をする。
米国は相互関税率の設定で、主に相手国の対米貿易黒字の大きさを重視したようだ。トランプ氏はやはり、貿易赤字は“負け”と決めつけているようだ。相互関税には、それ以外の要素も考慮したという。計算式が当てはまらない国や地域もある。米国はオーストラリアとの貿易で黒字を得ているが(米国が貿易黒字国)、今回10%の関税をかけた。
トランプ氏は、主に豪州産牛肉の対米輸出を標的に関税をかけた節がある。さらに、オーストラリア領のノーフォーク島は、本国よりも高い29%の関税をかけられた。
トランプ政権は、わが国がコメに700%の関税をかけていると批判した。経済産業省の推計によると、わが国の平均的な関税率は3%台とみられる。石破茂首相は7日、トランプ大統領と電話会談し、渡米して直接会談する意向を明らかにした。
米相互関税は実態とかけ離れており、その水準の決定は商慣行や税制、規制といった“非関税障壁”も加味した恣意的なものと言わざるを得ない。4日、トランプ政権は一部の国や地域の税率を修正した。同政権の政策運営は極めてずさんだ。
■「関税125%」中国と激しい応酬に
昨年7月、米国の共和党が発表した政策綱領の中で、トランプ氏は相互関税と思しき政策を発表し、10~20%の税を貿易相手国に課す方針を定めた。相互関税はそれより高い。相互関税は世界の経済だけではなく、政治・安全保障などさまざまな分野で重大なインパクトを与えるはずだ。
相互関税の発動により、世界の供給網(サプライチェーン)は混乱し、機能不全に陥る可能性は高い。4月10日から中国は、すべての米国製品に34%の追加関税を課すと発表した。トランプ大統領はさらなる対抗措置として中国の関税を125%に引き上げると発表した。
ベッセント財務長官は世界に報復しないよう求め、報復関税をとらない国などに対しては90日間、この措置を停止すると発表した。今後、関税引き上げで米国の輸入物価は上昇し、価格転嫁は加速するだろう。年初以降、関税引き上げによる物価上昇を警戒し、消費を抑える米家計は増加している。相互関税で個人消費の落ち込みが鮮明になると、コストアップで企業業績は悪化するだろう。
■せっかく賃上げ機運が高まってきたのに…
そうした展開に備え、4月3日、ステランティスはカナダとメキシコの工場の生産を一時停止し、米国の従業員900人の一時解雇を発表した。相互関税以外にもトランプ政権の政策がどう進むか、先行きは不透明な部分が多い。
守りを固める企業は増加し、雇用、設備投資、個人消費が下振れて米国の景気が減速、あるいは失速するリスクは上昇傾向だ。3月、米ISMの製造業・サービス業の購買担当者景況感指数が前月から悪化したのはその証左といえる。
現在、中国経済はデフレ圧力に苦しんでいる。米国の経済成長ペースが鈍化すると、世界経済を牽引する国は見当たらない。わが国にとって重大な負の要因だ。
特に、近年の景気持ち直しを支えた自動車産業の景況感は、関税率引き上げで急速に冷え込む恐れがある。米国の需要減少、関税による供給網再編コストの増加により、主要メーカーの業績悪化懸念は高まる。
それによって、部品メーカーのような下請け、孫請け企業の業況悪化要因になり、賃上げ機運がしぼむ恐れもある。米国の雇用・所得環境の悪化により、わが国や欧州、新興国でインバウンド需要が減少するリスクも上昇するだろう。
■「戦後を支えた経済成長」の終わり
トランプ政権の関税政策は、第2次世界大戦後の経済成長を支えてきた国際秩序が転換点を迎えたことを意味する。戦後、米国は基軸国家としてドルを供給し、自由貿易を推進した。グローバル化の加速によって、関税のハードルは低下した。世界の企業は最もコストの低いところで生産し、より高価格で販売できる市場に効率的にアクセスできるようになった。
今後、それとは逆の動きになる恐れが高まった。先行き懸念の高まりにより、リスクの削減(リスクオフ)に動く投資家は急速に増えた。3日、4日の2日間で、米S&P500インデックスの時価総額は5.38兆ドル(1ドル147円換算で790兆円)減少した。世界経済の混乱に備え、新興国通貨を売る投資家も徐々に増えている。
■与党内部からも「中間選挙に勝てない」と批判
一部の投資家は、世界は1世紀前の状況に回帰すると身構え始めた。米タックス・ファウンデーションによると、米国の関税率(2024年平均で2.5%)は19%程度に上昇するという。1930年、スムート・ホーリー関税以来の高さだ。
当時、世界は大恐慌により深刻な景気後退に陥り、列強はブロック経済圏を構成し自国主義、保護貿易体制を確立した。貿易戦争は激化して主要国の対立も先鋭化し、最終的に第2次世界大戦が勃発した。今すぐ、そうした状況になるとは思わないが、トランプ相互関税によって貿易戦争が激化することは避けられそうにない。
米共和党内では、米国経済は関税引き上げに耐えられないとの懸念もある。4日配信のポッドキャスト番組で、トランプ氏を支持したテッド・クルーズ上院議員は、一連の関税政策は米国にとって巨大なリスクであり、来年の中間選挙で敗北する恐れが高まると強い危機感を表明した。
■トランプ氏は経済を本当に理解しているのか
政策に対する“No”が増えれば、さすがのトランプ氏もどこかの時点で、政策を修正せざるを得ないはずだ。ただ、今のところ、トランプ大統領、主要閣僚は関税を重視して米国を再び偉大にすると息巻いている。
一方、対中国、欧州、グローバルサウスとの連携を強化し、対米依存を引き下げようとする国、地域は増加傾向だ。今後、世界全体で自由貿易、多国間経済連携の推進は難しくなるだろう。
金価格の高値更新にも見られるように、新興国などのドル離れも加速している。今回の相互関税は、戦後の世界秩序を支えた重要な要素の一つである自由貿易体制を打ち砕き、世界情勢の不安定感、不透明感を高める重大な要因になる恐れは高い。トランプ氏は、そのリスクを適正に理解しているのだろうか。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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